●火薬の会社から、総合化学会社の先駆けへ
以前の回で、欧米ではベンチャー企業による新陳代謝が行われる一方、日本では企業系列の関係の中で、親会社が子会社、孫会社を産みながら産業の発展を進めていくという話をいたしました。今回は、欧米の老舗企業が、自ら再生して新しい企業に生まれ変わっていく話をしたいと思います。そのような企業の新陳代謝の方法もあるのです。
皆さん、デュポンという化学会社をご存じだと思います。200年以上の歴史を持つ、近代企業としては最も古い部類に入る企業です。もともとデュポンは火薬、英語で言えばガンパウダーの会社でした。ですから、戦争があると、とにかく儲かりました。特に第一次世界大戦の時は、儲かって仕方がありませんでした。初めて近代戦が起こり、ヨーロッパの国々がお互いに鉄砲や大砲、爆弾を使い合ったため、火薬はいくらあっても足りない状態でしたから、第一次世界大戦後は多大な設備、人員、資金の内部留保を抱えた大企業になっていました。
ところが戦争が終われば、当然のことですが、需要は激減します。そのため、デュポンは、今で言う過剰な設備に悩むことになりました。そこでどうしたかといえば、現在では多くの大企業に取り入れられている事業部制、すなわち事業ごとに事業本部をつくり、それぞれの事業を各事業本部長が管理して、企業として全体の事業構成を膨らませ成長していく制度を、世界に先駆けて取り入れました。その結果、デュポンは火薬の会社から、総合化学会社、ケミカルカンパニーに転換したのです。テフロン、ナイロン、プラスティックなどの新しい繊維や素材を開発し、世の中に新しい価値を提供する企業の先駆けになったわけです。
●革新的な「大人の分社化」を実施する
ところが、1990年代の後半から、デュポンは、総合化学会社はもはや曲がり角に来たと判断します。世界の人々は、物質的には十分に満たされつつある。途上国にも物質はどんどん普及しており、そのような物質の生産はよりコストの低い生産拠点に移っている。そこで何をしたかといえば、農業、バイオ、それから高機能・高付加価値製品及び素材の3分野にフォーカスを絞り、ケミカルからサイエンスへと「かがく」の字を変えて、総合科学会社、サイエンスカンパニーに転換するというビジョンを打ち立てたわけです。
具体的には、まず1998年に、当時石油ビジネスで世界トップ10に入るグループ内の大企業・コノコを売却し、石油化学から撤退しました。次いで1999年には、遺伝子組み換え種子を専門にしていたパイオニア・ハイブレッド・インターナショナルという会社を、約77億ドルで買収しています。さらに2011年には、機能性食品素材や工業用の酵素を製造する世界的大手企業のダニスコを63億ドルで買収。そして、仕上げともいえる分社化が先日発表されました。2013年に、テフロンや酸化チタンなどを扱い、デュポンの中で最も利益率の高い部門の一つ・高機能化学品部門を分社化する意向を示したのです。
この分社化のやり方が革新的です。株主に全く不利益が発生しないよう、非課税で分社化の利益が得られるように、完全に会社の株式を分離するというのです。親会社、子会社という関係は全く持たず、総合科学会社と高機能化学品会社に分け、デュポンの既存株主には両社の株を割り当てる形をとります。これは、酸いも甘いも噛み分けた夫婦が、互いの将来や子どもたちの将来を考えて、財産をきれいに分けて離婚するのに似ています。いわば「大人の分社化」を行うのです。今後は、総合サイエンス企業としてのデュポンと、高機能化学品会社としてのデュポンが、それぞれの経営を進めていきます。従業員にとっても株主にとっても取引先にとっても、これが最も好ましい結論であると経営陣が判断したわけです。
●未成熟な日本では、美しい分社化を実現できない
日本人から見ると、外資系企業は禿鷹的で、株主の利益にはなっても他のステークホルダーの利益にはならないことを弱肉強食の世界でやっていて、彼らが行う買収や分社化といった行為はどちらかというと取引先や従業員のことを考えない金融取引に過ぎないという印象が強いと思います。しかし、デュポンが行おうとしている分社化はまさにそのようなイメージとは逆で、それぞれのステークホルダーにとっての最適解を資本市場の中で見つけようとする行為です。このような分社化もあるわけです。
日本企業に、このような美しい分社化ができる会社があるでしょうか。例えばソニーとソニーファイナンシャルホールディングスの分社化を同じような形でできるでしょうか。私は、日本はまだ企業経営者も市場も従業員も、このような分社化ができるほど成熟していないのではないかと思います。
このような行為を...