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『茶の本』の背景にあった激動と争いの時代

岡倉天心『茶の本』と日本文化(2)Teaismに見る日本文化

大久保喬樹
東京女子大学名誉教授
概要・テキスト
出典:『岡倉天心アルバム』(茨城県天心記念五浦美術館所蔵)
東京女子大学名誉教授の大久保喬樹氏が明治の美術運動家・岡倉天心と著書『茶の本』について解説。第2話では『茶の本』第1章を取り上げる。茶は中国から日本に渡り15世紀に茶道という形に高められた。その世界観を表すために天心は「Teaism」という言葉を使っている。当時、世界は先が見えない激動の時代、天心は茶を喫することで「愚」の境地に至ることの必要性を説いた。(全6話中第2話)
時間:11:07
収録日:2018/05/22
追加日:2018/07/01
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≪全文≫

●茶の歴史と茶道の本質を説く第1章


 では、『茶の本』を章ごとに順にお話ししていきたいと思います。この本は全部で7章になっていますが、まず第1章は、茶というものが日本においては非常にさまざまな意味を持っているのだ、というイントロダクションに当たるものになっています。冒頭の文章をちょっと読んでみたいと思います。これはもともと英語ですので、私が日本語に翻訳したものを読ませていただきます。

 「茶はもともと薬として用いられ、やがて飲み物となったものである。中国では8世紀に優雅な遊びの一種として洗練され、詩歌、芸術と並ぶ域にまで達した。さらに日本に入って15世紀には、ついに美を極め崇める宗教、すなわち茶道へと高められたのである。茶道は雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である。そこから人は純粋と調和、互いに相手を思いやる慈悲心の深さ、社会秩序への畏敬の念といったものを教えられる。茶道の本質は不完全ということの崇拝、つまりものごとには完全などということはないということを、畏敬の念をもって受け入れ処することにある。不可能を宿命とする人生の只中にあって、それでもなにかしら可能なものを成し遂げようとする心、優しい試みが茶道なのである。

 茶の哲学は世間一般で普通思われているような単なる唯美主義、ひたすら美だけを追求する流派に留まるものではない。それは人間や自然に対するもろもろの見方を表している点で、倫理や宗教と結びついている。清潔さを強調するという点では、衛生学である。複雑で金のかかるものよりは、単純質素なものにやすらぎを見出すということからいえば、経済学である。さらにそれは宇宙とのバランス感覚を養うという意味で精神の幾何学でもあり、茶を嗜むことによって誰でも趣味の世界の貴族になり得るという東洋的民主主義の真髄を示すものでもあるのだ」

 このように、茶というものが日本の文化においては、あらゆる文化を集約したものなのだということを、まず紹介しています。

 ついでにお話ししますと、茶道は普通、英語に訳すと「Tea Ceremony(茶の儀礼、儀式)」と言いますが、天心はあえて「Teaism」という言葉を使います。「-ism」とは何かというと、例えば「Christianism」「Buddhism」というように、宗教や思想を表す言葉です。つまり、日本の茶道は単なる作法の問題ではな...
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