●脳が変化すると、自分を見る目が変化する
「神経性やせ症」の原因は、まだ分かっていない部分もありますが、その人の持って生まれた遺伝的な要素がある程度関係しているらしいとされます。少し分かっていることとしては、彼女たちはもともとやや完璧主義の傾向が強いとか、もともと体の感覚がやや鈍く、空腹感をあまり感じないといった脳の特性があるのではないかといわれています。ともあれ思春期に入り、誰もがやせたいと思い始めてくる時期になると、ダイエットによる体重減少が起こります。ここでとどまれば回復するのですが、栄養不足になって脳に影響を与えてしまうと、困ったことになります。
脳の変化が起きてしまうと、「自分をどう捉えるか」というところがゆがんでしまって、自分のやせを認識しないばかりか、他の人からの意見も受け入れなくなるからです。結果的にその状態が慢性化して、アメリカの統計によると、年間で患者1000人のうち5人は死んでしまうといわれています。前回お伝えしたカレン・カーペンターの例を挙げましたが、そうしたことで多くの方が亡くなっているのです。残念ながら日本でも亡くなっている方は多く、われわれとしても大きな問題であると捉えています。
●「神経性やせ症」は葛藤条件では判断が弱くなる?
問題は、脳の変化がどのように起こるか、ということです。例えば、私どもの研究で分かっているのは、彼女たちが一般的な能力が高く、勉強も割とできたりすることです。ただし、脳による判断の中の一部がうまくいかないということです。
スライドの下の課題では、矢印が指す方向を素早く押すテストをします。矢印が真ん中にあって左向き、右にあって右向きなのはいいのですが、左にあるのに右向きだと、われわれは矢印の位置にとらわれます。右向きの矢印が右にあればすぐに右を押せますが、左にあるのに右向きであると、位置によって干渉を受けてしまうのです。
このような課題で、彼女たちは間違いを起こしやすいことが分かっています。もっと一般的なもの、干渉を受けないような課題では特段悪くはなりません。このあたりに、彼女たちの脳機能の変化のポイントがあるように思われます。干渉が生じ、葛藤的な状況になったとき、判断がうまくいかないということです。
●全脳検査で分かった脳の中の「やせる」部分
脳については、「海馬は記憶を処理する」「扁桃体は不安をキャッチする」などといってきましたが、われわれの体や顔をどのように捉えるかというシステムについても、かなり分かってきています。そうしたことを背景に、われわれは神経性やせ症の方の脳の構造がどうなのかについて、脳画像のVBM解析という手法を用いて検討しています。
対象は23人の神経性やせ症の方で、年齢は27歳ぐらい、BMIが13(160センチで35キロぐらい)の方です。比較対象は全員女性で、26名の同じぐらいの年齢の方としました。
「3テスラ」という磁場のMRIで画像を診ます。解析手法はどのようなものかというと、脳の画像を小さなサイコロに分割していき、サイコロごとに神経性やせ症の方と健康な方を比較します。四角いサイコロ全てを網羅的に診るやり方により、脳のどこに問題があるかを全脳で調べるというやり方です。
そうすると、神経性やせ症の方が脳の中でやせている場所が見つかりました。つまり、全身の場合でも、やせやすい箇所とやせにくい箇所があるように、脳にも特異的にやせる場所があるということです。
●やせ具合が認知できなくなる脳の構造変化
上のスライドの黄色い矢印で示した部分を「帯状回」と言います。感情のコントロールをする場所ですが、ここがやせてしまいます。そのため、感情が不安定になります。
帯状回の中でも、真ん中辺りが体の感覚に関わるところで、後ろの方は空間認知をします。ここは、いってみれば自分の体型はどうなっているのかを認知する場所でもあります。この部分がやせることで、脳の構造変化を起こしているらしいのです。つまり、体の感覚もやせ具合もうまく認知できず、感情的になりやすく、しかも干渉も受けやすいのです。
彼女たちの脳では、こうしたことが起こっているらしいのですが、これはあくまで「やせ」の結果ではないかとも思われます。そこで、BMI統計上、補正してもどこか残るだろうかという点を診ました。
それで残ったのが、緑の矢印で示している部分です。ここは「視床」と呼ばれ、目で見ていろんな情報を得たときに、それを統合する場所です。ということは、彼女たちがやせている...