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「津波てんでんこ」の深い意味は家族の絆と信頼

釜石の子どもたちにみる防災教育(3)「津波てんでんこ」

片田敏孝
東京大学大学院情報学環 特任教授/群馬大学名誉教授
情報・テキスト
釜石での防災教育として子どもたちに行ったのは、津波の記念碑のところに連れていき、先人の気持ちに想いを馳せることだった。東北地方には「津波てんでんこ」という言葉がある。そこには悲しい過去の繰り返しから生まれた災害の教訓が込められている。(全3話中第3話)
時間:11:50
収録日:2019/03/30
追加日:2019/06/01
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≪全文≫

●津波の記念碑が教えてくれる先人の想い


 このような釜石の子どもたちの行動は避難3原則に基づいているのですが、その中で非常に大事にしたことがあります。子どもたちには避難3原則を災害に向かい合う個人としてのあるべき論として教えているのですが、教育のプロセスはまた別な角度から行っています。

 一つ目は、「先人に想いを馳せる」ことです。釜石は津波の常襲地です。釜石市内だけでも34基の津波の記念碑があります。毎回、多くの犠牲者が出て、そのたびに碑が増えていったということなのです。しかし、34基も碑があるのにかかわらず、(東日本大震災の時に)釜石の人たちは逃げようとしなかったわけです。

 私が子どもたちの防災教育に当たってまず行ったのは、子どもたちを津波の記念碑のところに連れていくことでした。苔むして周りが草だらけのところにある津波の記念碑のところへ行って、「ここに碑があるよね。ここに碑があるということは、この碑を建ててくれた人がいる。どんな人がどんな思いでこの碑を建てたのか」ということを子どもたちには問いました。

 子どもたちは、苔だらけの碑から苔を剥ぎ取りながら、「明治29年って書いてある」と言いますから、こう返します。「ではこれは明治三陸津波の碑だな。当時、6,500人のうち4,000人も亡くなっているので、この碑を建ててくれた人はおそらく家族も亡くしただろう。家もなくしただろう」と。そして、何よりも悔しかったのは、自分たちだって先人に聞いていたはずだということ。その教えを生かすことなく、このような犠牲者を出してしまったことに対して、この碑を建ててくれた人たちは大きな悔みがあったのだと思います。

 子どもたちには、「この碑に託されたのはもう二度とこんな思いをさせないようにということで、なけなしのお金を出し合って建ててくれた碑がこれなのだ」と言い、その碑のところに子どもたちを整列させました。津波の記念碑は津波の到達点に置かれていますから、そこから下に立ち並んだ家を見て、「先人の思いはどこへ行ってしまった。間もなく津波が来るといわれている。だけど、今の釜石の人たちは逃げないぞ。このままでいいのか」ということを子どもたちに問いました。

 子どもたちは碑を見ながら、今のこの釜石の状況というものを深く考え込んでいました。それからです。何とか犠牲者を減らすのだ。僕らがこの碑に託された思いを必ず生かすのだ。ということで、子どもたちは碑の前で誓ったのです。

 そして、中学生たちは給食を早く食べ終わると、てんでんこレンジャーという着ぐるみを来て、隣の小学校の子どもたちや保育園の園児たちの防災教育に行っていました。

 ですから、あの日、先生方は「3階に上がりなさい」というようにご指導なさったのですが、中学生が「津波が来るぞ。逃げるぞ」と言って逃げる姿を見て、小学校の子どもたちは中学生のお兄ちゃんたちについて逃げたので、あれだけの避難が達成できたと思います。

 まずは「先人に想いを馳せる」ということで、これは非常に重要なことです。地域を知るとか、過去の災害の歴史を知るという、単にそういう事実があったと記憶するということではなく、そのときの被災者の気持ちというところに想いを馳せ、そして、それを今に生かすということです。子どもたちはそれができていたから、あのような行動が取れたのではないのかと思います。


●「脅しの防災教育」では効果はない


 それから、子どもたちの行動を促すときの具体的な防災教育として、従来まず行っていたのは「脅しの防災教育」でした、これは、「過去にこんなことがあったよ。怖いよ。逃げなければ死んでしまうよ」というような、恐怖喚起のコミュニケーションで、それをやりがちなのです。

 しかし、恐怖喚起のコミュニケーションは、リスクコミュニケーションの中で効果がないとされています。例えば、車の免許の書き換えに行っても、そこで交通事故の写真をいっぱい見ることがあります。帰りの運転は、そこかしこから人が飛び出すような気がして、安全運転を心掛けるのですが、一晩寝ると元に戻ってしまうことも多いでしょう。

 人間は怖いと思う気持ちを維持し続けることができず、また脅しによって行動を変えるということはなかなかできないものです。そして、加えていうならば、釜石の子どもたちに、「釜石は津波の怖いところだ。津波が来てこんなに多くの人が亡くなるところなのだ」という、そのようなことだけで釜石のことやふるさとのことを理解してほしくなかったのです。

 時に荒ぶる自然もあります。釜石は海があって釜石であり、海が思い切り近くにあるから恵みもいっぱいだけれども、一方、時々荒...
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