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豊臣家の悲劇こそ「論語なき算盤」の末路だ

渋沢栄一の凄さ(1)渋沢栄一と秀吉・家康

情報・テキスト
『論語と算盤』
(渋沢栄一著、角川ソフィア文庫)
令和の顔として注目される渋沢栄一には『論語と算盤』の著書がある。そのなかで彼は秀吉の長所と短所にふれ、そのがむしゃらな勉強ぶりをたたえつつ、古典の欠如を指摘している。一方、古典を幕府経営に取り入れたのが、徳川家康であった。(全2話中第1話)
※インタビュアー:神藏孝之(10MTVオピニオン論説主幹)
時間:07:18
収録日:2019/06/14
追加日:2019/09/18
キーワード:
≪全文≫

●渋沢栄一が感心した秀吉の勉強ぶりとは


田口 渋沢栄一の『論語と算盤』に、こういうくだりがあります。「秀吉という人物には、実に感心する」と、渋沢が感心しているのです。「何が感心なのですか」と問うと、「秀吉の勉強には、ほとほと感心する」という。勉強といっても今の学校の勉強ではなく、処世のイロハです。さらに築城術などの勉強等、彼は必要になったものを徹底的に勉強した。その結果、努力が報いられた人物です。

 秀吉のすごさは、「一歩一歩階段を上って、天下人になった」ところです。だいたい普通は「一歩目」をバカにしてしまうから、うまくいかない。そこであっさりこけてしまうのだけれど、彼は一歩目、また一歩目と進んで、「一日一日が成長なのだ」というふうに思っていた。

 その証拠を一つ出せば、最初に彼に与えられた仕事は、草履取りでした。信長が奥から出てきて、一歩足を出すときに、すっとわらじを出す。ちょっとした教養人なら、「私は、こんな仕事をやりにこの会社に入ったのではありません」と言いがちな、世にもつまらない仕事を与えられた。しかし、彼は、これを完璧にこなそうとした。どうしましたか。冬は寒い。凍えるような冷たいものをそのまま出さず、信長が履いた瞬間に温かさを感じる。「いいね、君。完璧に良い仕事をやっているね」。冬の間はいつも懐に入れておいて、すっと出すように、つまらない仕事に全力投球します。

 一歩目がそうだったため、「こういう気の利いた男は、もうちょっと高度な仕事を与えたら、どれほど工夫してやるだろう」と、信長は思う。やがて仕事を与える側と秀吉の競争になってくる。もっと難しいこと、もっと高度なものを与えられているうちに、秀吉のランクはどんどん上がり、出世しました。

 目の前のつまらないことに全力投球していく姿を渋沢は勉強と呼び、「それをしっかりやったから、秀吉はあそこまでいった」「われわれにもそれが重要なのだ」と言っています。


●『貞観政要』を学ばなかった秀吉と、学んだ家康


田口 ところが、秀吉には短所がある。何が短所か。昔の言葉で言えば「家」が続かなかった。一族は秀頼で終わりとなり、後が続きませんでした。「あれが唯一の欠点だ」と渋沢は指摘しています。私はそれを読んだときに、家康が頭に浮かびました。同じ状況で戦国時代を過ごしながら、秀吉に欠けていて、家康にあったものは何なのだろう。そう考えると、明確に言えることが一つあります。

 秀吉は、実践的勉強に絶大な興味を持った。今の課題に対してどのようにベストを尽くすかという勉強ぶりは凄まじかったけれど、実は古典は読んでいなかった。その点、何と言っても家康は古典を読み、自分の経営書としてのバイブルを持っていました。その本からすべて引いてきて、「こういう場合はこうする」「組織はこうしてつくる」「新しい商品はこうしてつくる」など、あらゆる経営のイロハをその本から引いて、全部実践しました。

 その本が『貞観政要』で、実にそのための役に立ちます。言ってみれば、自分が何か始めるときの「バイブル本」としてどう活かすかを前提に読まれると、こんなに効くものはありません。何でも書いてあります。税制のことも書いてあるし、国家のありようも書いてある。人間の感情の機微も書いてある。書いていないことはないのではないかというくらいの書物なのです。

―― バイブルのようなものなんですね。

田口 そういうバイブルを持って政権についた人と、バイブルなしに才覚だけでやってきた秀吉。自分の代はそれでよくても、その差が後代にあらわれます。それで、秀吉は次の代が続かなかった。

―― なるほど、(事業が)つながっていかないわけですね。

田口 つながらない。つまり「家訓」になっていかない。徳川家が15代続いたのは、「これがバイブルだ。これをちゃんと読んでやるのだよ」と家康が言ったからです。そういう意味では、家康の政治には『貞観政要』の教えが見事に取られています。ここがどのように取られたのかという裏付けが全部つくほどです。

 それぐらい家康が惚れ込んだ本であり、家康という人はすごいものだと私は思いました。ところが、江戸時代のある種の人は、みな『貞観政要』をそのように使っていたのです。
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