●忘れ物が戻ってきた! 温かいケンタッキーならではのエピソード
まずケンタッキーの飛行場に着きました。レキシントンというところです。そこの空港の名前が「ブルーグラスエアポート」と言うのですが、一つ、エピソードがあります。
空港に着いて、迎えに来てくれた人がとてもいい人で、そこで車に乗って、「さあ、るんるん行こうね」と出発しかかったときに、「あれ、ipodを忘れてしまった」と気づいたのです。多分、飛行機の中に忘れたのだと。
そういうことが世界のどこかであったら、「もう戻ってこないものと思って忘れましょう」というのが普通です。東京の場合には財布などを忘れても返ってきますけれど。少し迷ったのですが、思い切って「僕、忘れ物をしてしまった」と言いましたら、迎えに来てくれていた日米協会の人が「そうですか。では戻ります」と言って、すぐにレクサスのワゴンを反転させてくれて、空港へ駆けつけました。
そこで、「すみません。もう飛行機は飛び立ってしまいましたか? 忘れ物をしたのですが」と言って、カウンターに駆けつけたのですね。そうしたら、中年の女性がカウンターにいたのですが、にっこり笑って「あ、ipodね」とすぐに応じてくれたのです。本当に驚きました。そして、「ちょっとお客さん、待っていて。若いのが持ってきますから」と言ったら、2、3分で黒人の子が駆けつけてきて、「はい、ipodです。先生、タオルも忘れましたね」と言って、差し出してくれました。
温かく草深いケンタッキーを物語る、このようなことから始まりました。
●「アドバイザー」のスタンスでケンタッキーに根づく
そして、その足ですぐパーティーだということになりました。すてきなこじんまりとした住宅地で、庭を全部開放してお迎えすると言うのです。地元の名士も何人も来て、どんなことになるかと思ったら、「クローフィッシュパーティーだ」と言われました。クローフィッシュとはザリガニのことです。大きい鍋でぐつぐつ煮込んで、トウモロコシか何かもぶちこんで。そして、できあがったらどうするのかと思ったら、大きなテーブルにその鍋をダーッとあけるのです。クローフィッシュが皆、汁を吸ってしまっているので汁はこぼれないのですが、クローフィッシュの臭みを消そうとしてスパイスをめちゃくちゃ入れたらしくて、辛くてしょうがないのです。それを皆で食べながら、いろいろな話をしました。
最初、あまりにも楽しくなって、このまま「楽しかったね」で終わってしまうと官邸の目標を果たせなくなると思い、皆に「お腹いっぱいになったでしょうから、少し集まって輪を作って座ってください」と声をかけました。「一人ずつ、日本のことをどう思うか、日中関係をどう思うか、知っていることを少し話してください」と言ったのです。
そうしたら、皆ほとんど日本について知らない。ただ、はっきり知っていたのは、「トヨタ自動車の世話になっている」ということは皆言いました。トヨタの人も一人、奥さんと一緒に来ていて、控えめにしていました。その人から名刺をもらって見てみたら、何とこの人は財務と総務担当のはずなのですが、「アドバイザー・オブ・フィナンシャル・アンド・ジェネラル・アフェアーズ」などと書いてあるのです。アドバイザーなのですね。
そこで、「アドバイザーなのですか」と聞いたら、「ええ、トヨタはもうアドバイザーなのです」と言うのです。私は、このトヨタ自動車が20何年前にケンタッキーで初めて、独立した本格的な工場を作ったときに、工場調査に行っているのです。張富士夫さんという有名な財界人がいますが、そこでは当時その方が工場長でした。じっくり座っていろいろな話を聞いて、現場を見させていただいたのです。
そのとき、その張さんが社長でした。その次も日本人が来て社長でした。ただ、その後からは「絶対に日本人は社長にしない」「全部社長はアメリカ人だ」と、そのトヨタの方が言うのです。そして、「だから、われわれはアドバイザーです」と。
トヨタを中心として、日本企業はなかなか知恵があるなと思いましたね。ラインは全部アメリカ人。来年レクサスの生産をスタートするので、アメリカ人はもう大変興奮していまして、「われわれはレクサスを作るのですよ」と言うのです。
●「安倍総理」よりインパクトの強い「トヨタ」
「これは、アメリカ人によるアメリカ人のためのアメリカの車だ」「日本人はただ傍らでアドバイスするだけです」。このスタンスがケンタッキーにもう染み込んでいるのです。「なかなか日本企業はやるな」という感じですね。後で聞いてみたら、ケンタッキーにはトヨタ関連のいろいろな企業が45社ほど入っているのです。また、今は155社日本企業が入っていて、直接雇用が3万人で間接雇...