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ムッソリーニが社会主義者からファシストへと転身した理由

独裁の世界史~ファシズム編(1)イタリア統一とムッソリーニ登場

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
ムッソリーニ
出典:Wikimedia Commons
近現代の独裁者といえば、ファシスト党を率いたムッソリーニの存在は欠かせない。当時のイタリアは、ドイツや日本同様「遅れてきた帝国主義国家」として強い指導者を求めていた。だが、ムッソリーニの政治的出発は社会主義者としてのものだった。(全4話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:38
収録日:2020/01/30
追加日:2021/03/12
タグ:
≪全文≫

●理想主義的な社会主義者として出発したムッソリーニ


―― スターリンに続きまして、今回はムッソリーニ(ベニート・ムッソリーニ)のお話をうかがいたいと思います。これもまた独特の人というか、面白い人といいますか。(前回のシリーズで)スターリンの場合は、もともとの政治文化が民主政も共和政もなく、ややもすると秘密主義的な王朝の伝統があった国の中での出来事として描いていただきました。

 ムッソリーニの場合は、もちろんイタリアの人なので、これまで長い歴史的経験を経てきた国に出てきた独裁者というところで、一種独特なところがあるのかと思います。まずムッソリーニをどのように評価されていますか。

本村 彼は若い時、社会主義者として出発して、社会主義的な政策や考え方を持っているわけです。だから、第一次世界大戦などで政治活動をしていく中でも、最初の段階では社会主義の政党に入っていて、その中で戦争そのものに反対する立場でいました。

―― もともとイタリアの社会党に入って、活動していますよね。

本村 その後、ある時期からむしろ戦争賛成派に変わってしまうところが、彼の大きな転機だったと思います。つまり、彼は理想主義的な意味での社会主義者だったのかもしれないけれども、現実路線を考えると、理想的なことを言っていられなくなったのかもしれません。

 また、その段階での第一次世界大戦は典型的な帝国主義戦争で、領土分割のための方法でした。最初は些細なことで始まったので、とてもあのような世界大戦などにはならないと言われていたのが、最終的にはその背景にあったドイツ帝国と他の諸国との対立が表面化するという形になっていったわけです。

 そういう中で、イタリアにあっても「その流れに乗り遅れてはいけない」というようなことが現実路線としてあることに、だんだんムッソリーニは気がついてきたのではないかと思います。社会主義者でありながら、「理想的なことを言っていられない」というように、周りの国際情勢など、いろいろなことが分かってきたのが、彼の少々変わり出したところではないかと思うわけです。


●遅れて「統一」となったイタリアの近代化


―― さて、私も含めてなのですが、ご覧になっている方は意外にイタリアの近代史について、十分イメージを持っていない方も多いと思うので、あらすじ的にご紹介いただきたいと思います。ちょうど、この「独裁の世界史」シリーズの中ですと、以前にヴェネツィアまでのお話はいただきましたが、その後、近代までのイタリアというのは、大きく見るとどういう変遷をたどっていくものなのでしょう。

本村 日本と非常に似たところがあって、日本で明治維新があったのと同じ時期にイタリア統一に向かう動き(リソルジメント)が起こっています。その中心となったジュゼッペ・ガリバルディは、西郷隆盛に比較されることも多いですね。

 そういう中で、イタリアが日本ほど近代化に成功したかどうかというと、イタリアでは中小企業の中でも特に工芸品などの小さな企業が繁栄するようになります。そういうものが非常にあちこちにできるものの、大々的な重化学工業のようなものが発展することがあまり見られませんでした。

 確かに自動車では、洗練されたスポーツカーを製造するメーカーが出たりしていますが、トヨタのような大会社とは比較できない。近代化の過程において、日本に比べると中世的なものを引きずっていたのかもしれません。

 例えば鉄道などを見ても、おそらくイタリアの方が先に鉄道を敷いているにもかかわらず、圧倒的に日本の鉄道網のほうがさまざまな面で優れています。現在でも、新幹線のように数分に1本というぐらいに走らせるような次元には至らない。どこか小企業に偏ったまま、戦後までずっと来てしまいました。


●「乗り遅れた帝国主義」への熱意とローカリズム


本村 そういう中にあって、日本やドイツも同じ事情ですが、政治的に「乗り遅れた帝国主義」への意識が高かった。いわゆる統一国家になったのが19世紀半ば以降だったことで、イギリスやフランスに比べると1~2世紀遅れてしまったわけです。帝国主義的に領土を海外に広げる段階の国々を見て、自分たちもそれに乗り遅れてはいけないと感じたことが、第二次世界大戦の「三国同盟」につながっていくわけです。

 イタリアは、その中でも、ドイツや日本以上に重化学工業には重点を置かないような社会であったような気がします。

―― 政治的にも、まさにガリバルディの統一のお話がありましたけれども、ローマ教皇領がずっとあったり、フランス等々からの干渉なども伝統的に多かったりした土地柄でもあります。今でも南北問題が言われたりするように、全体としてはなかなかまとまりづらいような感じなのでしょうか。

本村 そうですね...
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