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ヒトラーの特異性と「ゲルマン民族」優越論

独裁の世界史~ファシズム編(5)ヒトラーの独裁を許した背景

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
ムッソリーニ(左)とヒトラー
出典:Wikimedia Commons
「独裁者」のステレオタイプといえばアドルフ・ヒトラーではないだろうか。激高しながら行う彼の独特な演説の原動力は劣等感であるとしばしば指摘される。彼が経済復興に尽力した頃、ドイツは国家全体が劣等感にさいなまれる状態にあった。(全7話中第5話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:16
収録日:2020/01/30
追加日:2021/04/09
タグ:
≪全文≫

●ヒトラーの特異性は劣等感を跳ね返す激高演説


―― では先生、レーニン、スターリン、ムッソリーニに続いてヒトラーのお話をお願いします。レーニン、スターリン、ムッソリーニと比べた場合のヒトラーの独特さ、特異性はどういうところにあると思われますか。

本村 スターリンのところでおっしゃいましたが、ヒトラーの一番根本のところに「劣等生」だったところがあります。

―― 劣等感ですか。

本村 劣等生であって、美術学校のようなところを受験して、2回とも受からなかった。また、ゲルマン民族の中では比較的体格も小さいし、見栄えもしないところがあった。それから、家庭的なことや友人にはあまり恵まれていませんでした。

 それらを跳ね返すために、自分自身が激高して行う、ああした激烈な演説が生まれたので、ムッソリーのように持って生まれたパフォーマンスではありませんでした。それにより自分の意識を高めていくのかもしれないけれども、非常に特異で、異常なところがありました。

 劣等感を跳ね返そうとして出てきたという意味では、スターリンと似ています。スターリンとヒトラーは実際には会っていないけれども、会ったら非常に気が合ったのではないかと言われるのも、そういうことがあるからだと思います。

―― 何か、性格的に共通するところがありますか。

本村 ええ、そうですね。


●「背後の一突き」と「ゲルマン民族」優越論


―― ドイツ自体も、特に第一次世界大戦後、ある意味では非常に微妙な立場に置かれてしまっていたと思います。

本村 そうですよね。

―― ビスマルクのところでお話があったように、プロイセンはオーストリアに勝ち、フランスにも勝ち、ドイツ帝国をつくり上げていきます。ところが、その次のウィルヘルム2世の代に第一次世界大戦に突入して、結局大負けしてしまう状況に置かれました。

 第一次大戦末期にはドイツで革命騒ぎなども起きたため、ヒトラーが盛んに言っていたのが、「ドイツは本当はまだまだ戦えたのだが、ユダヤ人どもが共産主義をそそのかして国内で革命騒ぎなどを行ったおかげで、『内側からの一突き(背後の一突き)』で負けてしまったのだ」ということでした。「今度こそ、そういう力に負けない」「あれはユダヤ人にやられたのだ」などということを喧伝して、ヒトラーは勢力をもつようになっていきます。

 こういうドイツ的な文化における独裁政の系譜については、どのようにお考えになりますか。ビスマルク等々との共通点なり、どういう背景でそういうものが出てくるのかというところをお聞かせください。

本村 もともとドイツはイタリアと同じような領邦国家に分かれていたのが、プロイセンからドイツ帝国になって大きな力を振るいます。特にヴィルヘルム2世が相当独善的な人だったらしくて、ビスマルクも彼だけは若い時から苦手にしていました。弁舌巧みなビスマルクでさえ、ヴィルヘルム2世だけは説得できないようなところがあったらしいですね。

 このヴィルヘルム2世という人が、ドイツの独裁者的なイメージを周りに定着させたのではないでしょうか。ドイツ人自身が相当独善的で、「自分たちはゲルマン民族として優秀なのだ」というところを持っていました。一つには、やはりフランスなどに比べて、ドイツ人全体として体格が大きいことがあります。

 北のほうに行けば行くほど大きいのは当然で、とくにアングロサクソンやゲルマンは体格に恵まれています。その中で、ドイツ人には「俺たちが」という意識が非常に強かった。ヴィルヘルム2世は、そうしたドイツ人の典型だというような言い方もあります。


●経済貢献の陰でドイツ国民の知らなかった虐殺


本村 ドイツ人が独裁者を許す、許さないということよりも、ドイツ人が持つ俺様意識の中で、ヴィルヘルム2世が亡くなった後にヒトラーもなんとなく受け入れられていった。

 それにはもちろん、あれだけ大変な負債を背負った体制下、経済政策で成功したことが大きかった。それさえなければもっと違う社会があったのではないかと思うほどの負債がかけられたために、ドイツ人はそれを支払うために経済復興しなければいけなかったし、ヒトラーはアウトバーンなどをつくって、成功していったわけです。

 われわれはヒトラーというとすぐに悪者みたいに思ってしまうけれども、同時代人の雰囲気の中では、ある時期の彼は英雄視されていました。目覚ましい経済復興政策を進めたので、ドイツ人としては「痛めつけられたわれわれのドイツを建て直してくれたのだ」という認識だったでしょう。だからこそ、彼がユダヤ人反対主義者としてユダヤ人をだんだん虐殺していくことをも独裁者として(結果的に)許してしまった面があります。

 実際、ヒトラー政権の宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベル...
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