●同時代性の罠は三つのタイプに分けられる
そうすると、歴史はいよいよ味わい深いものとなります。この50年間の、例えば『日経ビジネス』の記事を振り返るだけでも、歴史は変化の連続であることが分かります。ただし、変化を振り返ると、その中でも一貫して変わらないものがあることにも気づきます。それがすなわち本質ではないかと思うのです。変化を追っていくことで、逆説的に変わらないものが見えてきます。この歴史の逆説を利用するのが逆・タイムマシン経営論なのです。
同時代性の罠は、三つのタイプに分けて考えることができます。一つ目は「飛び道具トラップ」です。二つ目は、今こそが激動期と思い込むことで、奇妙な手に出てしまう「激動期トラップ」です。三つ目は、遠いものほどよく見えて、近いものほど粗が目立つという現象です。例えば、日本はダメで、逆に中国は伸びている。何か見習うべき点があるのではないかといった具合です。このようなバイアスに囚われて判断ミスをすることを「遠近歪曲トラップ」といいます。このような同時代性の罠にはまって、判断ミスをする会社が後を絶たないのです。その中でも、今回は飛び道具トラップについて詳しく見ていきたいと思います。
このトラップは、IT分野で次々に出てきています。いつの時代も、「これからはこの新たな技術が競争の決め手になる」「秘密兵器だ」などといわれます。こうした飛び道具がITの分野で出てきては、みんなが飛びつき、判断ミスをしてしまうのです。
非常に興味深いのは、『日経ビジネス』を50年分読んでいくと、ずっと「仕事がなくなる」といわれています。オートメーションの出現で仕事がなくなる、あるいは1960年代にはコンピュータで仕事がなくなるという話もありました。ロボットの出現や、覚えてない方もいるかもしれませんがSIS(戦略情報システム)で仕事がなくなるともいわれました。インターネットの出現や、ERP(企業資源計画)も同様にいわれました。少し前にはAI(人工知能)、今ではDX(デジタルトランスフォーメーション)で仕事がなくなると騒がれています。その割には、多くの人は変わらず仕事しています。
例えば、コンピュータによるオートメーションが始まった時の新聞の記事を見て見ましょう。工場の自動化だけでなく、事務も自動化されることで、大規模な人員削減が起こると指摘されています。現在のAIの出現に際しても、同じような話をしています。ロボットが出現すると「ロボットショック」が起こる。このような新しい技術が出てくると、往々にして「革命」だといわれます。面白いことに、『日経ビジネス』などでは、創刊以来50年間毎日革命状態にあるように思われます。滅多に起きないから革命というのですが、何が出現しても「革命だ」と煽るのです。例えば、こちらの記事では「意外な早さでロボットショックはやってくる。次世代、すなわち息子たちは、完全にその渦中にあるだろう」とあります。例によって、仕事がなくなると結論しているのです。
1980年代の終わりには、SISの大ブームが起こりました。「新経営手法」、「しのびよる脅威」などと強い言葉で煽るいつものパターンです。「先手必勝。出遅れは致命傷だ」と指摘しています。
このような状況下では、飛び道具としてのITのツールやシステムを提供しているベンダー、サプライヤーが煽るわけですね。当時、一番報酬が高かったCMタレントである田原俊彦氏などを起用して、「SISはNEC」、「東芝のSIS」などと宣伝したのです。その結果、この年のビジネス書のベストセラーは、全てSIS関係となりました。大きな注目を浴びましたが、翌年になると早くも「SISは『死ス』?」という記事が出ています。ずいぶん展開が早いですね。また、ERPの場合も、「秘密兵器」という触れ込みですが、同じ展開なのです。「業務の合理化であなたの仕事はなくなるかもしれない」と、強い言葉で煽るのです。
●文脈への理解が足りないと手段が目的化してしまう
こうした繰り返しを見ると、ITはその都度、新奇性、または即効性があるかのように見えてしまいます。これが飛び道具トラップを誘発する傾向があると思います。簡単にいえば、手段が目的化しているのです。ITは本来ツールのはずなのに、それを導入することが目的になってしまっているのです。
最近の例では、「サブスク」というビジネスモデルが話題になっており、同じように飛び道具扱いされています。もともとは、サブスクリプションという単語ですが、4文字に短縮されるようになると、かなり危険な段階にあるといえます。2020年あたりから、バズワードになっているようで、パナソニックもトヨタも食いついているようです。このような状況になると、いよいよブームも本物になってきます。
新たな飛び道具が注目されるとき...