●過去の行動の結果にすぎない「データ」で将来を予測する愚
―― 少し話題を変えますが、先ほどおっしゃった「強みを伸ばす」ということに関してです。その商品のブランドについてもそうですが、「強みの補強」を実践していくにあたっては、本社が調査に入ったり、いろいろなリサーチをかけて、「こういうビールが求められているようだ」といったデータを取るなどして戦略を立てると思います。
あるいは先生のご本(『キリンビール高知支店の奇跡』)にも、高知支店の調子が悪いときに、本社から「どこが悪いのか」とリサーチチームがやってきて、いろいろなデータを集めるというシーンがありました。
なぜ、そのような調査と企画が――働く人からすれば、憧れをもたれるケースも多い部署ではありますが――うまくいかないのか、ということについて、どのようにお考えですか。
田村 世界的な経営学者である一橋大学の野中郁次郎先生が、日本企業の不振の原因は「オーバーコンプライアンス」「オーバーアナリシス」「オーバープランニング」だとおっしゃっていました。私が講演するとき、時々このワードを借りてお話しします。これが一番ウケます。皆が目を輝かすのです。
―― なるほど。
田村 眠たそうな人も、これを聞いてパッと目を覚まします。つまり、日本のビジネスマンが一番苦しんでいるのは、この問題なのです。「コンプライアンスのしすぎ」「分析のしすぎ」「計画のしすぎ」。これは共通認識ですね。
なぜうまくいかないのか。分析というものは「データ」ですが、しかし時間は次々と移り変わっているので、どんどん過去のデータになります。キリンビールについても、翌年のプランがうまくいった試しがなかった理由の1つは、「過去のデータ」に基づいて翌年を予測しているからです。
よく考えると、過去のデータというのは、過去のわれわれのアクションの結果にすぎません。自社も他社も、過去のアクション=行動の結果が数値として出ているわけです。それを基に将来を予測して、計画をつくっているわけです。これはおかしいのです。つまり、過去のわれわれの行動を基に、将来を決めているのです。
―― 特に1年前とか2年前というと、すぐ直近の話ということではありますが……。
田村 これはおかしいと思いませんか。
―― 新しいことやったらどうするのだということですか。
田村 そうです。なぜ、そうなっているかというと、現場のリアリティがないからです。私も本社に長くいたからよく分かるのですが、本社では会議を乗り越えていかなければいけません。そこでの共通言語は、データになります。
―― 「エビデンスは何だ」といった話になりますよね。
田村 何か発言したら、「それはお前の個人的な主張だろ」と言われてしまうから、データが必要となる。だから、データに基づかなければ会議を乗り越えられません。そして、そのデータは、先ほど言ったように、単に過去の行動の結果が出ているものです。「これでもって将来を規定するのか?」という話です。これが、そもそもおかしい。
●市場を「動態的」に捉え、自ら「動き」をつくり出していく
田村 もう1つ。市場は次々と変化していきます。過去のデータで将来を決めて、変化に対応できるのか。だから、うまくいかないのです。過去の行動をもってわれわれの将来を決定させるのか、という話ですから。
だから、そこに大事なのは、やはり現場のリアリティです。現場での活動で、いろいろなものを生み出していくという姿勢です。「動態的」に捉えなければいけません。静態的(スタティックに)でなくて、動きのあるものとして捉えるのです。だって、お客様の心だって動いているのですから。景気によっても、ライバルの動きによっても、動いている。したがって、市場が動いているのです。その動きを全体として捉える必要がある。その動きを自ら、自分たちでつくり出していくという思想です。だから、人が大事であり、現場が大事なのです。
●正しい判断を導く「直観」「無意識」のメカニズム
―― しかし、これもまた「言うは易く、行うは難し」で、「オーバーアナリシス」といわれると「そうだよな」と思うのですが、「どこまでがオーバーではなくて、どこまでやるとオーバーなのか」は、実際の担当者は迷うところだと思います。そこは、どう思われますか。
田村 分析は絶対に必要です。仮説の検証のためにも、分析は要る。ただ、その分析を全部、頭に入れた上で、どのような意思決定をするかです。これには「創造性」が要ります。それがどこから出ているかですが、これはやはり「現場」だと思います。
―― なるほど。
田村 言語化や表現ができないけれど大事なことが、意外とたくさんあるのです。ただ、うまくは言えない。モヤッとしている状態...