●「正しい戦略と個別の判断力は違うものだ」
田村 よくわれわれは、「いい戦略をつくれ、そうすれば勝てる」と言われました。ですが、家電メーカーとかいろいろな会社と見ていると、実は、戦略は正しくても失敗している会社は山のようにあります。
―― それは、どういうことですか。
田村 例えば、ある超有名な電機メーカーが数十年前に、先進的な戦略(ビジョン)をつくりました。今でも通用するビジョンです。ですが、それが全くの失敗に終わりました。
ビジョンを実現するためには、たくさんの「個々の判断」があります。人をどうするか、組織をどうするか、このタイミングでこういう投資をすべきかどうか、などがたくさんある。この個別の判断で失敗しているのです。そのために、その戦略、ビジョンを実現できずにいるのです。
「正しい戦略と個別の判断は違うものだ」と考えたほうがいいですね。「個別の判断能力」は非常に大事です。これがあると、正しい戦略もつくることができるようになる。この個別の判断能力が、キリンビールにおいて高まりました。これを導いたのが、営業の現場なのです。お客様のために何かをやる。それをお客様に共感してもらう。その結果を受けて、(キリンビールの社員たちが)奮い立ってくる。
ここで、「お客様のために」と言っても、言葉はきれいですが、日々迷うことばかりです。
―― そうですね。
田村 なぜなら、ある人間は「安売りしたらお客様に喜んでもらえる」と言い、またある人間は「景品を付けたほうがいい」と言う。これは、明らかにその通りです。しかし一方では、そのようなことやり続けて、本当にお客様のためになるのかという議論になる。
この過程で、さまざまな議論が社内でありました。高知支店でも、四国地区でもあった。この議論がものすごく大事でした。そこで、「このように考えたらいい」といった社員の考え方が磨かれてくる。そうして、いろいろな判断力が高まってくるのです。
それを行動に移すことによって、お客様の反応が分かる。そうしていると、「こういうことやったらうまくいく」「失敗する」と分かってくる。そういった中で、個別の判断力が高まってきました。そうすると、打つ手、打つ手が全て成功するようになったのです。
―― 当然、会議はいろいろな会社が山ほど年中やっていますが、個別の判断力が磨かれることによって、会議の回数は同じだとしても、結果が変わってくる。それは、お客様に喜んでもらうという目的が明確になっていて、その手段を皆が真剣に話し合うといった軸が変わらないから、個別の判断力が高まるということですか。
田村 そうですね。それと、ある程度、現場のリアリティがあったほうがいいですね。本社の人間はそれを持つことができませんから、リアリティのある現場を掌握しておく必要があります。人事異動などのいろいろなやり方でもって、現場感覚を持っていく。それから、トップはやはり現場感覚を持つことが必要だと思います。
●現場感覚をつねに保ち続けるためのノウハウ
―― これも得てしてありがちなことですが、本社がいろいろなデータを分析し、いろいろなキャンペーンを組んでくるのを、現場で取捨選択することはあるでしょう。とすると、例えば、田村先生が本社の営業本部長になった段階では、どのように磨きをかけていたのですか。
田村 大組織ですから、現場との距離が非常に遠くなります。ここは、工夫していました。末端でよく現場を回っていて、現場感覚をもち、また理念に向かって工夫しているなどの問題意識がある人間から、直接意見を聞く。つまり、そうしたことが聞ける人間を、プライベートでもいいから1人につき10人ぐらい持っておけ、という話をよくしていました。「本社の政策が現場でどう生かされているのか」「失敗したのか成功したのか」「もっといいやり方がないのか」などを頻繁にやり取りしろと言っていましたし、私もやっていました。
―― 例えば、本社の企画部ならば企画部にいる、部長、課長、係長からいると思いますが、それぞれが10人ずつ持て、と。
田村 そう。全員に、です。それで、自分のアクションの反応を、直接現場で聞く。そうしなければ、どんどん地位が上がってきてしまうと良い話しか来なくなってしまうのです。悪い話は全然こない。にもかかわらず、現場ではうまくいっていないのです。
現場をよく回っている人間10人に聞けば、なんとなく本当のことが分かります。
―― なるほど。
田村 簡単に1人2、3分ずつ、「今、どうなっている」と聞けば、20分で終わります。そういった人脈を、インフォーマルにでもいいからつくっておけ、という話はしていました。
―― それは前回、先生がおっしゃった「市場を動態的に見ていく」ことにつながる。
田村 ...