●本当に大切なのは「浮動票」ではなく「基礎票」
―― ブランド力についてお聞きします。キリンビールはすでに大ブランドですから、他の企業の方から見ると「ブランド力については問題ない」と思われていることでしょう。とは言え、田村先生が高知支店に行かれた時は、大企業が一気に負けてしまった局面で、それはそれで独特の辛い局面もあったと思います。そのご経験からすると、「ブランド力を上げる」とひと口でいいますが、どうしたらいいのか。これについては、どのようにお考えでしょうか。
田村 現場を回っていて気が付いたのですが、“基礎票”が大事だと思いました。選挙のときにもありますね。ビールの世界には、多くのヘビードリンカーがいます。1日に缶ビール2、3本飲んでいると、十分ヘビードリンカーです、日本の場合ですが。この構成比が、大体7、8割あったのです。
―― 例えば、キリンラガービールが100本売れたとしたら、70本はヘビードリンカーの方々が飲んでいるというイメージですね。
田村 そうです。残りの2割ほどが“浮動票”です。この浮動票は、頻繁に銘柄が変わるのです。新商品が出たり、値段が安かったり、広告を打ったりすると、浮動票は頻繁に銘柄が変わっている。ただ、本当に大事なのは“基礎票”です。教科書にはよく「ロイヤルユーザー」と書かれてあるのですが、ここが大事だと分かりました。実はこの基礎票が、流れを決めているのです。
ところが、キリンもそうだったのですが、どこのビールメーカーも、この大事な基礎票の領域には、何も手を付けていなかったのです。
企業の活動を効率化させようとすると、インプットとアウトプットの関係を考えます。浮動票は、価格を安くしたり新商品を出したりといった手を打つと、すぐに変わる。ビールメーカーの戦いはこれまで、この2割の浮動票の奪い合いをしていました。値段を安くするとすぐに売れるので、効率的なのです。基礎票はロイヤルユーザーなので、値段を安くしても、広告を多く打っても、売上は変わりません。ここには手を付けていなかった。
ですが、理念からいうと、やはりここ(基礎票)が大事なのです。ただ、ここは頑固者なのです。いろいろ手を打っても変わらない。ですが、ここから逃げるわけにいきません。
基礎票の方々は頑固者である理由を考えると、やはりその人の心の中に、何かが蓄積されているのです。お客様はあるときブランドスイッチしますから、キリンも「キリンビールは高知のお客様を大事にしていく」というメッセージを蓄積させていこうと思いました。やったのは、この作業だったのです。そうすると、あるときにブランドスイッチはする、と。これが非常に大きかったです。いったんキリンビールに変わってくれると、それがもう基礎票になるのです。
浮動票の戦いは、非常にしんどいものです。しょっちゅう不安になるし、他社が安売りしたら、こちらも対抗しなければ、やられてしまう。だから、基礎票をずっと固めていきました。
実は、一番難しいところにすごくおいしい話がある。だからこれは、やりやすいか、やりにくいかということではなく、挑戦していくものなのです。そのためには、やはり理念が要る。「何のためにキリンビールが存在するのか」という理念に向かっていく。すると、何か困難があっても、それを乗り越えようという知恵が出てくるのです。どの業界を見ても、そういったことが言えます。
―― はい。
●「弱みの補強」をすると失敗する
田村 もう一つ言えば、ブランド力を上げるためには「強みの強化」が必要となります。私たちもそうでしたが、会社でよく「課題の発見」と言われるでしょう。そこで、どこに課題があるかを調査すると、「弱み」が挙げられてきます。「こういう理由でキリンが嫌だ」などとよく言われるのです。そこで、つい「弱点の補強」に入ってしまう。
そのため、「キリンのラガービールは苦いから嫌だ」と聞き、苦くないラガーにしてしまった。アサヒビールに抜かれそうなときに、そのような調査が出たため、ラガーの苦さを「弱み」として捉えてしまった。そして「弱みの補強」をして、失敗したのです。
でも、お客様に聞いていると、求められているのは「強みの強化」だとよく分かりました。なぜなら、「キリンらしくなってくれ」と皆が言うのです。「その会社らしくなってくれ」と言われるはずです。なぜなら、その会社の強みに会社の存在意味があったからです。その意味があったから、お客様との関係が成立していたのです。だから理屈から言えば、お客様との関係を強化するためには「強みの強化」が必要です。
だから本社でやったのは、「ラガービールが苦いから嫌だという人がいる。これは、この苦さの良さが分かっていないからだ。この苦さこそが素晴らしいのだか...