●なぜ健康経営が注目されるようになったのか
皆さん、こんにちは。一橋ビジネススクールの阿久津聡です。今日は「健康経営とは?」ということでお話しさせていただきます。
まず、「健康経営」という言葉を皆さんご存じでしょうか。もしくは全く聞いたことがない方もいらっしゃるかもしれません。
今、上に出しているのが、アデコグループさんによるアンケート調査です。ビジネスパーソン365名を対象にしたもので、「言葉も内容も知っている」という答えが21パーセントで、「聞いたことがあるが、内容はわからない」という方が36パーセントです。「聞いたことがない」という方が43パーセントで、現時点ではだいたいこのような感じなのかなと思います。
ビジネスパーソンでも、「聞いたことがない」という方がまだ一番多くなっていて、「聞いたことがあるけど、内容はわからない」という方も入れると約8割になってしまいます。そのため、まだまだこれから普及させていかなければいけない概念だと認識しています。
そもそも健康経営がどういう背景から生まれてきたのかというと、古くは1897年に、工場で働いている方々の安全をしっかり担保する法的基盤として、工場法の議論が始まった時から、近代日本では産業保健体制が考えられてきていました。工場法、労働基準法、そして労働安全衛生法と、そのときどきの時代の要請に合った法的な基準があって、それに対応していく形で、定期的な健康診断や特定健診などいろいろなことを各社がやってきました。今は厚生労働省がずっと主導でやっていて、データヘルス計画もあります。
一方で、健康経営は国としては厚生労働省ではなくて、経済産業省が主導で行ってきました。その背景には海外の情勢があります。例えばアメリカでRosen and Bergerの『The Healthy Company』という著書が1992年に出版され、会社は従業員の健康に戦略的に投資をすることで、しっかりとリターンが得られることが明らかになりました。特に、国民皆保険がないアメリカでは、企業は従業員の健康に対して非常に責任があるので、これをより積極的に投資として考えましょうという発想です。
実際にそれをやっている会社もあり、Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)という会社が当時のベスト・プラクティスとして取り上げられて、1ドルの投資に対して3ドルのリターンがあることが話題になりました。
そして、社会全体としてはSDGsやESG投資といった持続可能性に対する問題意識が高まって、企業も環境負荷など持続可能性に対する責任を負っていくことになりました。そういう背景の中で、企業の最も重要な資産である人材に対しても、持続可能性を考えていくことになりました。それによって、経済産業省では健康経営銘柄や健康経営優良法人などさまざまな認定制度を推進して、企業の積極的な取り組みを促してきたのです。
●産業保健体制と健康経営における目的の違い
特に日本では、産業保健体制を基盤にして健康経営が出てきたことは非常に重要です。そのため、それらは何が違うかの理解も重要になってきます。産業保健は労働者の健康保持増進及び安全衛生担保のための作業環境や作業方法の改善を図ったり、労働者の健康管理を行ったりする活動であると捉えられています。
そこが目指すものは、1.労働者の健康と作業能力の維持・増進、2.安全と健康をもたらす作業環境の実現、3.作業環境の向上によるよい社会的雰囲気づくりと、事業の生産性を高める作業文化の構築です。これは時代の実態の変遷と共にどんどん進化していきますが、特にこの3点目を経営課題として考えるために出てきたのが健康経営です。
産業保健活動を土台とし、法令順守を超えた経営的視点が特徴です。健康経営研究会の捉え方によれば、健康経営とは、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できるとの基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」であると言っています。
これをまとめると、産業保健は法令順守、そして福利厚生の一部としていろいろな取り組みをしてきました。したがって、これはやはり会社の責務としての「守りの産業保健活動」といえるのではないでしょうか。
一方で健康経営は、経営的なリターンを狙います。従業員の健康への投資として、より戦略的に考え、企業理念の実現によって高収益を目指します。いわゆる攻めの発想、経営手法と考えて良いと...