●クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』とは
―― では先生、イノベーションの話をお願いします。
小宮山 イノベーションの古典の一つに、クレイトン・クリステンセンというハーバードビジネススクールの経営学者ですけど、彼の『イノベーションのジレンマ』という本があります。これは何がジレンマかと言うと、大企業のジレンマなんですよね。全ての企業がスタートアップから始まるわけですけど、それがだんだん大きくなって成功して、大企業になっていく。これが活性を保つためには、変化し続ける必要がある。それをイノベーションというわけだけれども、それができなくなる、というんですよ。
なぜかというと、新しいものは、まず今、現に動いているビジネスと比べると小さく見える。それから、ベンチャーですから確実性がない。もう一つ、これが大きいけれども、もしかすると今の本流のビジネスをおびやかすかもしれない。だいたいが大きくいうとこの三つなんですが(後述)、このことから、「結局、本流につぶされる運命にある」、と。ざっと言ってしまうと、クリステンセンのいう、イノベーションのジレンマはそういうことです。だから、大企業は結局つぶれる以外にない、ということになってしまう。
●両利きの経営においてトップに必要なこと
小宮山 でも、必ずしもそうではないということで、『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン共著)という本が出たんですよ。両利きというのは、右利きでもない、左利きでもない、両方だと。結論からいえば単純で、「本流のビジネスは徹底的にやれ。他に負けないように勝ち続けろ」と。そうじゃないと潰れてしまいますから。 だけど、「同時に新しい種を育てろ」と。それで、「これを動かすためには、トップのコミットメントが不可欠だ」と言っている。当たり前なんですけど。なぜトップのコミットメントが必要かというと、それをつぶされてしまわないように。
―― 守ってあげないといけないのですね。
小宮山 そうです。それで、一つは出しちゃう、スピンアウトさせちゃうことなんですよ。ところが、それでは普通のスタートアップと同じになるわけで、それではないだろうというのが両利きの経営です。つまり、中でやっていて、「本流の持っているリソースで助太刀しろ」、というわけです。これが大企業の利点だというわけですよ。
そのためには、トップの確固たるビジョンと、それを説得してやっていく、いわばコミットメントが不可欠で、言ってしまえば、これが両利きの経営なんですよ。それはそれで正しいと思います。ものすごくたくさん事例が出ているけど、その事例はほとんどがアメリカの企業とグローバル企業です。日本企業は唯一、富士フイルムだけです。
要するに、つぶれてしまったコダック社と比べて、富士フイルムがいかにうまくやったか、という話だけ出ているわけですよ。だけど、よく考えてみると、日本の企業でイノベートしているところはたくさんあります。例えば、典型的には総合商社。これは、もともとは名前の由来からして、貿易の口銭でお金を稼ぐという、いわゆる手数料ですが、それが本来のビジネスで、今そんなことはやっていない。あるいは、やってはいるけど、もうビジネスでは非常にマイナーなので、彼らは投資で稼いでいます。
―― 投資銀行ですよね。
小宮山 そうです。そういう形で、多くの商社が見事に高収益企業なんですよ。だから、大企業がイノベーションに成功しているわけですよ。
それから、僕が知っている化学会社も、本当にそうですよ。 住友化学だって、三菱ケミカルだって、その他、ダイセルやカネカといったような規模のところも、多くの企業がここ数十年間の闘いを勝って生き残っていますよ。部材メーカーなどもそうですよね。だから、日本のことをよく検討しないといけない。
●“日本株式会社”がイノベーションのジレンマ
小宮山 イノベーションというのは、技術開発という話と、そのビジネス化という話と、社会を変革していく話と、この三つの段階があるんだけど、だけど、見てみると、例えば総合商社は海外でやっている。
―― そうか、国内じゃないんですね。
小宮山 そう、国内じゃない。化学産業もそうです。住友化学も海外につくったわけですよ。サウジアラビアです。三菱ケミカルだってそうですよ。もちろん内部で高付加価値みたいな事業はやっているので、これは国内ということではあるかもしれないけど、そういうふうに見ていくと、日本でイノベーションに成功しているところはあるけれども、ほとんどは、苦しんでいるわけですよ。
どういう状況かというと、僕は日本全体も問題だと思います。昔、「日本株式会社」という言葉...