●現在の日本ではイノベーションが起こっていない
さて、知識創造戦略論です。私は講師の遠山です。この講義では、知識を創造し活用する組織プロセスについて理解するということが目的になっています。
さて、知識創造戦略論ということですが、知識創造とは何かという前に、まずイノベーションについて少しお話をしたいと思います。
日本政府は、2006年に「イノベーション25」と呼ばれる戦略指針の作成を表明、翌年閣議決定していますが、その中にこういう言葉があります。
「日本のような人口減少国家の唯一の持続可能な経済発展の手段は生産性の向上であり、その源泉が世界を視野に入れたイノベーションである」
つまり、イノベーションが大事だといっているわけです。それ以降、政府は、実はさまざまなイノベーション向上のための施策を取っていますが、どうもそれ以来、10年以上たっても、日本がイノベーションを活発に行うようになったという話はあまり聞きません。
これについて、レスター・サローという有名な経済学者が2010年にインタビューに答えて、こうスライドのように言っています。
非常に厳しいことを言っていますが、それ以来8年以上たって状況が変わったかというと、どうも変わっていないような気がします。彼は、このまま日本がイノベーションを起こさなければ、失われた20年どころではなく、このままいくと失われた30年になると警告しています。
●イノベーションとは、価値の新しい提供の仕方
そもそもイノベーションとは何かという話をすると、経営学の教科書を読むと、イノベーションは「技術革新」と訳されています。技術を何か新しくすることです。しかし実際には、イノベーションは新しい価値、または価値の新しい提供の仕方と定義されています。先ほど出てきたイノベーション25においても、そう定義されています。
なぜイノベーションが重要かというと、すごく単純です。お客さまが「これは本当に価値がある」と思うものを企業が売り出せば、製品でもサービスでもビジネスモデルになります。本当に価値があるとお客さまが思ってくれてお金を払ってくれなければ、企業は存続していけないからです。だから、それができなければ、安定した収益を生み出すことはできないので、存続していけないのです。
●価値が何かは文脈によって変わってくる
ただ実は、価値という問題は非常に難しい問題で、お客さまにとって何が価値かというのは文脈によって違います。私にとって価値であるものと、あなたにとって価値であるもの、あるいは同じ私であってもそのときに置かれた状況によって価値は違います。
10年前にいい車が今日いい車だとは限りませんし、今日いい車が10年後にもいい車だとは限りません。
だからこそ考え続ける必要性があります。一つ、いい価値をつくって、それで企業がずっとやっていけるとは限りません。どんなにいい価値をつくったところで、状況が変われば、時代が変われば、それはもう価値でなくなってしまう可能性がある。だからこそイノベーション、すなわち新しい価値をつくることが必要になってくるのです。
●企業が提供する価値は社会的な善につながる
もう一つ。企業が提供する価値は、顧客の喜びを通して社会的な善につながる必要性があるということです。この喜びですが、ホンダは「3つの喜び」といっています。買う喜び、売る喜び、作る喜びというのですが、ホンダの人にいわせると、喜びは顧客満足よりも深い概念だといいます。
顧客満足は顧客に不満なところがないことです。喜びは驚きと感動です。顧客が思ってもいなかったような新しい価値が提供できて、「Wow Factor」と英語ではいいますが、顧客が「Wow、こんなものがあったなんて」というのが喜びだというのですが、そういうことを通して社会的な善を目指します。だから、わが社だけが良ければいいというわけではないというのです。独りよがりにならずに、何が価値か、社会的な視点で見る必要があります。これはいわば近江商人の知恵ですね。売り主、買い主、世間です。だからこそ企業が社会の中で生きていくのであれば、こうした社会的な視点が価値を生み出します。つまり、イノベーションを起こすときにはそれが必要であるということになります。
さて、こうした価値をつくるということはどういうことかというと、私たちは、それが未来創造だと考えています。つまり企業は、それぞれその企業にしか描けない未来を描いて、それを実現しようとします。だから、ホンダの描く未来とトヨタの描く未来が同じだっ...