●ブランドという言葉を使わずに議論した方がいい
最後に、この講義の最初に挙げた疑問に、クイックアンサーを与えておこうと思います。
第1に、ブランドについて議論し始めると、議論が沸騰して、なかなか収拾がつかなくなってしまいます。そういう場合に、どうすればいいでしょうか。
私の答えの一つは、ブランドという言葉を使わずに議論した方がいいというものです。ブランドについて話し合って大混乱が起きるのですから、その言葉を使うのをやめてしまえばいいわけです。
その代わり、もっと具体的に議論しましょう。例えば、その商品をどう思ってもらいたいのか、あるいは社内が問題なのであれば、社内意識を統一するためにどうすればいいのかと議論すればいいのです。ブランドのロゴのデザインが悪いのであれば、ロゴのデザインをどう変えるか議論しましょう。できるだけブランドという言葉を使わずに、何か具体的な言葉やアクションに落として検討していくことをお勧めします。
東京都内の観光バス会社に、はとバスがあります。はとバスは一時期、非常に業績が悪くなった時期がありました。そこで、何とかはとバスのブランドを良くしようということになりました。そのためには、はとバスの運転手やガイドの女性の意識を変える必要があります。
そこで、「ならしか運動」を社内で開始したのです。つまり、はとバス「なら」できる、はとバス「しか」できないということを意識させる運動です。これに沿って、運転手からガイド、社員に至るまで、もう一度自分たちのブランドを考え直しました。これはブランド活動でありながら、それを具体的な社員の活動に置き換えた例です。
●ブランドは表層と実質の両方を意味している
第2に、ブランドは表層的なのではないか、表層と本質は何がどう違うのかという問題です。これに対するクイックアンサーは、やはりブランドには表層的な部分もあるが、しかし本質的な部分もあるというものです。つまり、表層と本質の両方を持っているわけです。
イノベーションにおける起源の忘却というお話をしましたが、それに即して考えてみましょう。ブランドが生まれたときには、やはり技術やイノベーションといった、ある意味で本質的な要素が非常に重要です。しかしその後、起源の忘却が起こり、本質的(実質的)な部分が忘れられ、名前が独り歩きするようになります。そうなれば、この時点ではイメージなどの表層的な要素が重要性を増してくるのです。
したがって、ブランドは単に表層の問題にはとどまりません。ブランドの発展の時期ごとに、あるいは時代ごとに、中身のことを議論したり、表層のことを議論したりする必要があります。ですから、ブランドは表層と本質の両方を意味していると考えるべきでしょう。この点で、ブランドという言葉には、いわゆる経営力や商品力、技術力、コミュニケーション力をも包含しているのです。
ブランドを議論しているからといって、必ずしも表層的なことだけを議論しているわけではありません。むしろ、何か本質的なことにタッチして議論する必要があるでしょう。
ここでレクチャーはいったん終了し、質問への回答へと移ります。
●未来に由来する価値もあれば、過去に由来する価値もある
質問 時代を先取りできたものに、ブランド価値が見いだされるとおっしゃっていました。しかし、過去のものにも希少性があり、それもブランド価値として評価できるのではないでしょうか。
田中 要するに、ブランドの価値はどこから出てくるかという議論ですね。確かにブランド価値には、時間的な価値があります。ここには時間的な差異が関係しています。例えば、技術でイノベーションが起きることがありますが、それが価値になるのは、企業がそのイノベーションによって未来を先取りすることができるからです。
他方、未来の先取りの反対、つまり過去に関してブランド価値が見いだされる場合もあるのではないか、というご質問だと思います。そういう場合も十分にあり得るでしょう。ただし、それを時間的価値として見るべきなのか、あるは別の価値基準に位置付けるべきなのかということは、まだ十分に分かってはいません。
例えば、歴史のある会社が、そのことを価値にして売り出すという場合があります。百年の歴史を誇っている老舗は、そうしたケースです。こうした歴史がなぜ価値になるのかというと、それはおそらく、何かノウハウを持っているに違いないとか、古いということ自体に価値があると考えられるからでしょう。
そうなると、古いことや歴史に価値があるとすると、やはりそれは時間的な価値の一つとなるかもしれません。未来に由来する価値もあれば、過去に由来する価値もあるということでしょう。