●ブランドについて議論すれば、議論百出になる
今回は、私が2017年12月に出版した『ブランド戦略論』(有斐閣)の意図や内容について、説明したいと思います。本全体の議論を短時間で要約してみるつもりです。本書は4部構成で、特に第4部の「ケース篇」にはさまざまな事例を収録しましたので、ぜひご覧いただければと思います。
この本の特徴の一つは、統合的ブランド戦略(Integrated Brand Strategy)の構想です。つまり、これまで言われてきたいろいろなブランド戦略のエレメントを、一つに束ねようと試みたのです。
本書を書いた動機の一つは、ブランドとは何かという議論を整理したいと思ったからでした。ブランドというものをどのように理解すればいいのか、しばしば分からなくなってしまうことがあります。会社でも経験があるでしょうが、ブランドについて何か議論をしようとすると、議論百出の状態になり、議論が紛糾してしまうのです。
確かに、自社のブランドが弱いため、それを強化したいという点では誰でも一致します。しかし、その次のアクションをどう打てばいいのかという段になると、ブランドというものが非常に曖昧になってくるのです。
先日、大阪のある企業の人に聞いたのですが、ブランドについて議論をすると、議論が百出してきて、揚げ句の果てには、ブランドがないことがわが社のブランドだという意見も出てくるようです。ブランドとは何かから始まり、ブランド力と商品力、技術力、営業力の違いにいたるまで、議論はこんがらがっています。
結局、ブランドのために何をすればいいのかという点に話が及ばないうちに、議論が終わってしまう場合も多いようです。こうした論点を整理して、ブランドについてうまく議論ができるようにしたいというのが、本書の執筆の動機でした。
●ブランドは一見表層的だが、実質的な影響を及ぼしている
動機はもう一つあります。ブランドは非常に表層的なことのように考えられがちです。ブランドよりももっと深い事柄が大事だとか、商品力や技術力、組織力の方が重要だという議論も出てきます。表層対本質と捉えられてしまうと、結局、ブランドのような見かけだけを議論しても無駄だ、格好だけつけても仕方がないという結論に至ってしまいます。
実際、ブランドが表層的なことなのか、あるいは表層的ではなく、もっと実質的なことなのかどうかということ自体も、議論の余地があります。確かに、ブランドは「ブランドイメージ」という言葉で語られるように、非常に表層的に見えます。もっと商品力を高めるべきだという意見もあるでしょう。しかし、ただ表層的であるはずのブランド力が、実際に消費者の選択に影響を与えているということが、多くの研究成果から分かっています。
例えば、ブランドにはプラセボ効果、偽薬効果があります。プラセボ効果とは、お医者さんから処方されると、全く効果のない薬であったとしても、その病気が治ってしまうという現象を指します。
同様に、ある研究によると、ブランドもこのプラセボ効果的な役割を果たしているのです。鎮痛剤で行われた研究ですが、ブランドが付いている薬を患者に渡せば、実際に頭痛が治まるということが確認されています。
このように、ブランドは一見表層的かもしれませんが、実際には実質的な影響を及ぼしているのです。あるいは、ブランドが株価や企業の価値に影響を与えるということも実証されています。ブランドの価値が高まれば、企業価値が高まるということが観察されたのです。そこで、このようにブランドが実質的な影響を及ぼすのはなぜか、ということが問題になります。ブランドは表層的なものにすぎないのか、それとも深層的なものなのか、さらに考える必要があるでしょう。
●専門家の間でも、ブランドの定義が一致していない
上述したように、ブランドは曖昧に理解されています。これはブランドの定義の問題だといえます。ブランドはどのように定義すればいいでしょうか。専門の研究書を見ると、実は専門家の間でも、ブランドの定義が一致していないことが分かります。ですから、まして一般企業の中で議論していても、ブランドとは何かについて、なかなか議論が収まらないのももっともです。
例えば、ブランドという言葉の起源を焼きごてに求める説があります。ウシやウマなどの家畜の胴体に、焼いた鉄ごてをぎゅっと押し付けたものを、「brand」と英語では呼びます。これがブランドの語源だというわけです。
確かに、一部の辞書にはそのように書いてあるようですが、私が調べたところ、この説はあまり正しくありません。ブランドという言葉が商標の意味で使われるようになった時期と、ブランドが焼きごてを意味するようになった時...