●構想もイノベーションもあるのに、ブランドに至らない
川島 打ち合わせで伺った時に私が最も感動したのは「起源の忘却」という言葉でした。今日改めて、その解釈を聞いているうちに素朴な疑問が一つ出てきたので、その点からお聞きしたいと思います。
起源を忘却するということは、マクドナルドの事例でとてもよく理解できました。『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』という映画を私も見たことがあったので、なるほどと感じた次第です。しかし一方で、先生は構想が大事だということもおっしゃっており、そちらにも納得がいきました。構想を作った人は創業者か創業者に近い場合が多く、ものすごく力強い発想を持って、何かを作り出します。
したがって、創業者の時代に、こうした氷山の図形ができるというのは分かるのですが、創業者から次の世代にバトンタッチすると、この氷山が崩れることも多いように思います。構想の継承について、先生はどうお考えでしょうか。実際、どの企業も実はこの問題で非常に苦しんでいます。今日の会場になっているCCCやソフトバンクなども、創業者の次の方はどんな方針を取るのかが問題でしょうし、過去にはイトーヨーカドーの事例もありました。
田中 確かに構想は大事なのですが、もちろん構想があればいいというものでもありません。イノベーションの問題は脇に置いてお話しします。構想といっても様々な種類がありますから、今回はその中でも非常に興味深いものだけを挙げました。構想もイノベーションもあるのに、ブランドに至らない例はいくらでもあります。
●ブランドには経営やマーケティングの力が不可欠だ
川島 それはなぜですか。
田中 マーケティングや経営のどこかに問題があったからだと考えられます。コミュニケーションとマーケティング、経営の3つがきちんと機能しないと、ブランド化しないのです。多くの経営学の本に取り上げられている有名な例を挙げると、ゼロックスという会社があります。
ゼロックスは1970年代に、カリフォルニアのパロアルトに研究所を創設しました。私は行ったことはないのですが、その研究所は非常に優れた研究所でした。今われわれが使っているコンピューターや、インターネットのシステムのかなりの部分が、そこで発明されたのです。典型的には、パソコンの操作をする際、アイコンをクリックするとそのファイルやソフトが開いて起動しますが、そうしたGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)が開発されたのです。
イノベーションというよりもむしろインベンション、発明です。PDFやイーサネットなどもここで発明されました。つまり、今われわれがコンピューターやスマホから得ている恩恵のかなりの部分が、このゼロックスの研究所で発明されたのです。しかし、それでは今ゼロックスがブランド化して、マイクロソフトやグーグルのような企業になっているかというと、そうではありません。もちろん良い会社ではありますが。
なぜそうならなかったのかというと、当時のゼロックスの経営者たちが、この研究所の多くの発明について、「ものになる」という判断をしなかったからです。「ものになる」と判断した人こそ、アップルのスティーブ・ジョブズ氏でした。ジョブズ氏は1979年、パロアルトの研究所に招待を受けて訪問しています。そこで当時、アルトという名前のパソコンの原型を見て、ジョブズ氏は驚きます。そして、これこそが未来のパソコンの姿だと確信したのです。
つまり、ジョブズ氏にはこの時点で構想が見えていました。その後、ジョブズ氏はパロアルト研究所の、例えば天才的な科学者だと言われていたアラン・ケイ氏らを引き抜いて、アップルを作ることになります。そして、今のマッキントッシュでも使われている、GUIを持ったコンピューターが発売されることになったのです。
ゼロックスとアップルを分けたのは、やはりジョブズ氏の目利きでしょう。研究所でアルトのデモ機を見た人は、もちろんジョブズ氏だけではありません。500人ほどの人が見たと言われています。しかし、その可能性を見抜いた人はジョブズ氏だけでした。
したがって、ブランド化が成功するためには、こうした目利きも必要になってくるでしょう。もちろんそれに加えて、ジョブズ氏はいかにも消費者が使いたいと思うような、格好の良いパソコンを作ったということもあります。今でもやはりアップルのパソコンは、デザインが優れていると思います。ですからブランドには、こうした観点も含めて経営やマーケティングの力が不可欠でしょう。
●ブランディングの作業というものはない
川島 ブランドという言葉には、非常に多くの物事が複合的に絡み合っています。そこで、先生はあえてブランドと...