●ちゃんと編集をして、組み立てる
川島 シャネルのことを詳しく語っていただいたので、聞いていらっしゃる方もよく分かったかと思います。シャネルの場合、やはり創業のときの構想が強く、それをイノベーションと呼ぶかどうかはともかく、何か革新的な発見があり、しかもそのままでいれば駄目になってしまうところを、2度の転機をうまく利用できたわけです。こうしたことができれば、きっとブランドはうまくいくのでしょうが、しかしそれはどうすれば可能になるのでしょうか。
私が取材に行くと、変えるものと変わらないものと両方が必要だという話になったり、あるいは伝統は革新の連続であるという話もよく出ます。しかし、それは後から考えた話であって、今でこそイノベーションとして成功したと見なされていますが、実際に何かを新しく試すときには、誰も成功するかどうかは分かりません。だとすると、変えるものと変えないものをどのように分ければいいのでしょうか。
田中 イノベーションを必然的に起こすための法則性はあまり存在しないでしょう。ゼロックスの例で見たように、インベンション、発明はいろいろなところで起きます。しかしそれだけでは駄目なのです。発明を束にして、それをお客さんにとって役に立つものだという形を見せて初めて、イノベーションになります。
川島 確かに、使えない発明も世の中にはたくさんあります。
田中 したがって、例えばiPhoneでもそうですが、記憶装置やスクリーン画面など、様々な発明を束ねて、格好を良くして提示すれば、革新的なものとして受け入れられるわけです。
川島 ちゃんと編集をして、組み立てるということが大事なのですね。使い手にとって、こんなものがあれば良かったと思わせなければならないでしょう。
田中 そうです。シャネルに戻れば、カール・ラガーフェルドがよく言っていたのは、「私がやっていることは、単にシャネルのエレメントを組み合わせているだけだ」ということでした。確かに、ラガーフェルドの作ったスーツを見ても、シャネルスーツの雰囲気をとどめています。ラガーフェルドは、もともとはシャネルが作った革新をうまく再編集することで、シャネルブランドをもう一度よみがえらせたのです。これはもちろんファッションに限らず、他の分野でも同じことでしょう。
●「後プロセス」も大事だ
川島 たまたまご縁があって、とらや(虎屋)の取材を長年してきました。先日、「マツコの知らない世界」というテレビ番組でとらやが取り上げられて、大反響があったようです。黒川家一代で500年続く家業で、今の17代目の社長は素晴らしい方です。18代目の方も次に控えています。最初に取材に行ったときに、伝統は革新の連続であるという発想が最も良くないと社長がおっしゃっていました。
伝統は革新の連続であるというのが理念だったようなのですが、社長いわく、革新という言葉を簡単に使わないでほしい、と。とらやの歴史をたどれば、確かに大成功のように見えるかもしれませんが、それはたまたまやってきたことを後から見ているからだというのです。つまり、後から見れば全て成功に見えていても、社長として日々判断していることが成功だったのかどうかは分からないのです。
ただし、とらやは企業として様々な実験を山のようにしてきました。それが発明になるとともに、職人技を磨くということにもつながっていったのです。ですから、1つの成功の背後には99ほどの失敗があって、それを良しとしながら企業が続いていくことが、実はブランドを強くするのではないかと思っています。田中先生はこの点についてどうお考えでしょうか。
田中 それはその通りでしょう。イノベーションは、口でいうほど簡単には起きるわけがありません。ブランドを成立させるというのは、難しい要件です。イノベーションも必要でしょうし、「後プロセス」も大事でしょう。
川島 後プロセスこそ、力が必要かもしれませんね。
田中 素晴らしい発明があってもブランドに至らなかったケースは、数え切れません。
川島 後プロセスの中でも、どこが特に重要でしょうか。
田中 一つはスピードだと思います。例えばマクドナルドでもそうですが、レイ・クロックがマクドナルドを見いだしたのは1957年頃です。60年代には、すでにマクドナルドはグローバルブランドになっていました。これは非常に短い時間です。フランチャイズ制を取ったということが大きいでしょうが、いずれにせよスピード感は今の時代に非常に重要になってきます。
●ウォークマンはライフスタイルとして定着した
田中 また、どう演出するかということも大事です。もちろん、格好良くするということもそうですが、やはり顧客の潜在的なニーズに合うように仕立てるということが肝心です。例えば、ウ...