●イノベーションは路線転換を意味する
よく、イノベーションには「技術革新」という訳語を当てます。これは間違いではないのですが、僕が考える一番良い日本語訳は「路線転換」です。つまりイノベーションとは、路線が変わるということなのです。この路線が、これまでお話ししている「何が良いか」ということです。
●レイコップに見る「売る側」のイノベーション
そうした意味でのイノベーションは、メーカー等の供給側が起こすとは限りません。例えば、レイコップという会社があるのですが、そこが小型掃除機を作りました。しかし、売り出しても全く売れなかったそうです。そのため、在庫がたまっていきました。
しかしこの後、イノベーションが起きました。起こした人は高田明社長(当時)です。ジャパネットたかたがこれを売る時、高田社長(当時)は布団専用掃除機として再定義しました。「お布団の掃除は、ついつい面倒くさくて後回しになっちゃいますよね。この布団専用掃除機があれば毎朝シューっとやるだけで、ほこりも全部取れてしまいます。どうです、すごいでしょう」と売り出したのです。これにより、在庫の山であったレイコップは220万台も売れたそうです。
つまり、ここでイノベーションを起こしているのは、売る側である髙田氏です。ここでも「何が良いか」が変わっています。
●ウォークマンは音楽鑑賞に関する新しいカテゴリーをつくった
この非連続性は究極まで行くと、新しいカテゴリーをつくるまでに至ります。少し理屈っぽい話になりますが、ここで「カテゴリー」とは、ディメンション(次元)とは異なるものです。人間でいえば、身長、年齢、体重、視力等は次元です。それに対して、「男」と「女」はカテゴリーです。こうした存在するカテゴリーに、例えば「ニューハーフ」という新しいカテゴリーを生み出すとすると、それは最も非連続性が高いものなのです。そうした意味で、イノベーションとは、カテゴリーをつくるということであるといえます。
僕はウォークマン世代なのですが、高校生の頃に初めて買ってもらった時は、やはり感動しました。ウォークマンのような機器は今では当たり前になりましたが、当時は画期的でした。それまでは、人間がスピーカーの前で音楽を聴いていたわけですが、ウォークマンの登場により、物理的な制約から解放されて、音楽が人間の行動に付いてくるようになったのです。これにより、全く新しい音楽の楽しみ方がつくられたのです。
技術進歩の観点から見ると、以前からウォークマンよりも音が良い機械はたくさんありました。また、小型化・軽量化という点でも、当のソニーがウォークマンよりもはるかに小さくて薄くて軽いカセットテープ再生機を発売していました。ウォークマンは、技術的にはむしろ「退歩」しているといっても良いものだったのです。
スピーカーも付いておらず、録音もできません。そんなことは関係なく、ウォークマンはイノベーションなのです。新しい音楽の聴き方、楽しみ方をつくったからです。
それからしばらくたって、今度はiPodが新しい音楽の楽しみ方をつくりました。これによってソニーはやられてしまうのですが、ここでの最大の非連続性はおそらく、それまでアーティストやレコード会社にあった音楽の編集権が、ユーザー側に移転したということでしょう。
●固有名詞の一般名詞化に、イノベーションの成果が現れている
こうした新しいカテゴリーをつくるようなイノベーションの本質は何かというと、僕は、固有名詞の一般名詞化だと思っています。
例えば、僕がウォークマンを買ってもらった高校生の時、大喜びで学校へ持って行き、友達に自慢しました。「俺、ウォークマン持ってるぜ。おまえ、持ってんのかよ」と。そうすると、後ろに座っていた工藤君は、「俺もこの前、買ってもらったよ。俺のウォークマン、松下だぜ」と言うのです。ウォークマンはソニー製なので、「松下のウォークマン」という表現は本来有り得ないのですが、それを聞いても、さほど変な感じはしませんでした。つまり、もともとソニーのプロダクトブランドであった固有名詞としてのウォークマンは、すでに一般名詞化していたということです。これは、そのカテゴリーが社会的に受け入れられ定着している、何よりの証拠だと思います。
僕の娘が小さい頃に、iPodが発売されました。娘は「買ってほしい、買ってほしい」とねだるので、うるさくてしょうがありませんでした。iPodは当時かなり高額でした。しかしインターネットで調べてみると、ソニーから発売されていた「ネットワークウォークマン」というiPodのような製品があり、iPodに比べ1万円安く売られていました...