●デジカメは、日常の記録という新しい用途を生んだ
ここでイノベーションの例をいくつか紹介したいと思います。
まず、カシオのデジタルカメラ「EXILIM」は、デジカメ最初期の大ヒット商品です。それまでは当然、多くの人がフィルムのカメラを使っていたので、初めてデジカメを見た時に多くの人が思ったのは、随分画像が粗いということです。まだ進歩が足りなかったのです。ですから、初期のデジタルカメラは画素数を上げていくという進歩の競争を展開していました。
まだ、120万画素や200万画素にようやく到達した時代です。このままでは、結局画素数を上げていくというデバイスの勝負になってしまいます。そこで、カシオは「ちょっと待てよ」と思い至ります。ソニーといった横綱のような会社を敵に回して戦うのは面白くないと考えたわけです。そして、改めてフィルムのカメラとデジタルカメラの非連続性がどこにあるのかを考えました。彼らが注目したのは、撮影ではなく消去でした。デジタルカメラは撮った写真を「ばんばん捨てられる」という点がフィルムカメラと一番違うところなのだ、と考えたのです。そうすると、撮影の意味が変わるのではないかという仮説が立てられました。
フィルムカメラでは、人は非日常の記憶のために写真を撮っていました。当時のコマーシャルを見ると、このことは一目瞭然です。「お正月を写そう」から始まって、次は成人式、お花見、運動会、旅行が、写真撮影の現場です。これらは全て非日常の記憶です。
ところが、撮った写真をどんどん捨てられるということになると、撮った写真はごく日常の記録に変わります。これはまさに、今われわれがスマホで行っているスクリーンショットのようなものです。カシオは、このことを非常に早いタイミングで思いつき、例えば、名刺を書き移すのが面倒くさいので写真に撮っておいたり、レストランに行ったときにメニューを忘れないために撮っておいたりするなど、日常の記録に注目しました。当時、スマホはもちろん、携帯電話の写メもない時代です。
日常の記録なら、画質は大して良くなくてもいいでしょう。大事なのはむしろ、ポケットに入る携帯性、そしてスイッチを入れてから写せるようになる起動時間が速いことです。こうした希望を叶えるために作られたのが、「EXILIM」なのです。画像は粗く、ズームも付いていません。ところが、薄くてポケットに入ります。ここでは、「何が良いか」ということが少し変わっているのです。ちょっとした話なのですが、イノベーションが起きています。
時計についても、カシオの試みによって「何が良いか」が少し変わりました。つまりカシオは、割と、本来の意味でのイノベーションを志向する会社であったのです。
●自撮り特化型デジカメも、「何が良いか」を変えた
もう少し最近の例でいうと、デジタルカメラでもさらなるイノベーションが見られます。デジタルカメラの中には、成熟しても時々非常にもうかる商品があります。例えば、カシオのデジタルカメラ「TRシリーズ」です。おそらく皆さんはあまりご存じではないと思うのですが、これは自撮り専用機です。
この商品のターゲットは、日本ではなく中国です。中国は世界一の自撮り大国といわれています。中国においてこの商品は、かなり高い値段でも長く売れました。原価はものすごく安いので、おそらくかなりもうかったでしょう。性能としては、自撮りであるため、近い距離から撮ることから、ズームはなしです。ただし、最強の美白モードが必要ということになりました。この機械で自撮りをすると、ぱっときれいに撮れて、すぐSNSに上げることができます。これも、デジタルカメラについて「何が良いか」が変わっている例です。
●分割払いは「設備投資のジレンマ」のソリューション
他にも、いくつか歴史的な事例を紹介します。まずはアメリカの小麦農家の話なのですが、19世紀に、小麦の刈り取り機が導入されることで、これまでよりも早く、大量に小麦を刈り取りこむことができるようになりました。ただ、これ自体はイノベーションではなく技術進歩です。
しかしその後、この技術を買い取って商売を始めた人が、とんでもないイノベーションを起こしました。何かというと、分割払いという決済方式、割賦販売です。
これは、刈り取り機そのものについてではなく、「設備投資のジレンマ」に対するソリューションです。皆さんは、「設備投資のジレンマ」をご存じでしょうか。これは、「お金がないから刈り取り機が買えない。刈り取り機が買えないからいっぱい収穫できない。いっぱい収穫できないからお金がない。そしてお金がないから…」という形で循環してしまうことをいいます。そこで、分割払いという決算方式が、「先にどんどん刈り取り機を使って刈り取っ...