●知識を富の創造過程の中心に据える経済理論が必要だ
競争のポイントが変化しています。今までは、価格、品質、品揃え、それから流通を抑えれば、いい品物を安く広く販売すれば、大企業としては、それが競争優位の源泉でした。
ところが今は、そうではありません。生産力が変えられる時代ですから、デザインとかブランドとかビジネスモデルとか技術プラットフォームを握った者が勝つということになるわけです。だから競争のポイントがどんどん変化しています。
そういう時代になったときに、知識創造の話に戻りますが、ピーター・ドラッカーが「知識は今日、唯一の意義ある資源である」と、1993年に言っています。彼は『ポスト資本主義社会』という本の中で、「今言えることは、知識を富の創造過程の中心に据える経済理論が必要とされているということである。そのような経済理論のみが、今日の経済を説明し、経済成長を説明し、イノベーションを説明することができる」と言っています。
なぜ知識が重要なのでしょうか。『ポスト資本主義社会』とありますが、要するに高度に発達した資本主義社会はどうなるかということです。資本主義社会とは読んで字のごとく、資本が中心の社会です。つまり旧来の資本主義であれば、資本、お金が一番大事です。お金を持っている資本家が土地を買って、工場を建てて、原材料を買ってきて、人を雇って、何かを生産して、売って、付加価値を得て、さらに資本を大きくするということが資本主義の基本です。
ところが、ドラッカーは、「資本主義は高度に発達してくると、一人の資本家はもういない」といいます。お金は問題ではなく、誰かいいアイデアがあれば、つまり知識を持っていれば、お金は借りてくることができる。投資家の投資、投資ファンドの投資を受けることができる。この場合、投資ファンドですが、アメリカでいうと、今、年金ファンドがすごく大きい。それは皆、自分の年金を預けているからです。普通の人が自分の年金を集めていて、それが集まると巨額のお金になって、そこからどこかに投資されます。だから、誰か一人がお金を持っているわけではなく、お金はいろいろな人が持っているのです。それをいいアイデア、いい知識さえ持っていれば引っ張ってくることができて、物を作ることができて、さらに先ほどお話ししたように、物を作るのも、自社で工場持たなくても、例えば中国の工場に任せればいいということにもなります。そうなると、お金を持っているかどうかという問題ではなく、いい知識を持っているかどうかということが問題になるわけです。
だからこそドラッカーは、知識を富の創造過程の中心に据える経済理論が必要だといいました。それは今までの経済理論、つまりキャピタル、資本を中心とした経済理論とは異なるものであって、イノベーションというものを説明しようと思うと、その知識ということを考えないといけないことになります。
●経営資源としての知識の特性1:収穫逓増資源
なぜ知識だけが意義のある資源か。実は、俗に経営資源は人、物、金です。言いかえると、お金と労働力と、それから原材が経営資源ということですが、知識はそれとは少し違った性質を持っています。
第一に、通常、物としての資源は「収穫逓減型」といわれています。つくればつくるほど、一単位を投入したときに得られるリターンが減っていきます。あまりに大規模になると、逆に非効率的になってしまうということです。
ところが知識においては、使っても、まず減らないですし、使えば使うほど、その価値が増えることもあります。例えば、ソフトウエアであれば、一回作ってしまえば、それをどれだけ複製したところで余分なコストはかからないわけですよね。逆に、多くの人がそのソフトウエアを使えば使うほど、他の人たちも、そのソフトウエアを使おうかということになってくることがあります。これを「ネットワーク外部性」といいます。
例えば皆さんの中には、Appleを使っている人とWindowsを使っている人がいますが、やっぱりWindowsの方が多いですよね。でもそれは、WindowsのPCの方がAppleよりも優れているからではなく、Windowsを使っている人が多いので、例えばアプリケーションソフトウエアの数が多いとか、ファイルを同級生と交換するときにAppleだと少しめんどうくさいとか、そういうことがあるから、周りがみんなWindowsを使っているのであれば自分もWindowsを使おうと思うわけです。
これがネットワーク外部性というものです。ネットワーク外部性が発生する場合は、実は多くの人が使っているからこそ、より多くの価値が生まれるとい...