●直接的な武力衝突にとどまらない「ハイブリッド戦争」
―― ジョージアからクリミアという話もありましたが、第1話の講義では、クリミア半島を併合した時には「ハイブリッド作戦」だったというお話がありました。これについて詳しくご説明いただけますか。
山添 「ハイブリッド戦争」、あるいは「ハイブリッド作戦」は、広く注目を集めるには有効な言葉ですが、中身がとても分かりにくいという特徴があります。こちらの図で私なりの理解を示そうと思います。図では最初に、縦の赤い線で示した「伝統的な敷居」から説明を始めます。ここ(縦の赤い線)から右側が普通の軍事紛争で、左側がその敷居を越えていない、よく分からない状態です。
この手法には、政治的手法と強制力を使った軍事的手法があり、それらを交えています。これにも段階があって、例えばクリミア半島の併合の時には「社会言説空間作戦」を使っていました。
もともとクリミア半島はロシア語が強くて、ウクライナには虐げられていると思っている住民が多くいました。ロシア語メディアでそれを助長することを言っていたからです。2014年2月にキエフで政変が起こった時、ここでさらに社会言説として広められたのが、ウクライナのナショナリストがクリミア半島のロシア語系住民の権利を抑圧しに来る(「殺しに来る」といった言い方もありました)というものです。
これによって、図に「プロキシー」と書いていますが、立ち上がらなければいけないと考える代理勢力がクリミア半島の政権を取ります。これはかなり違法なやり方で、議会を押さえて自分たちだけの議会を開き、首相を選んで政権を奪取しました。そこではアクショーノフという、これまでまともなことをやってこなかった人を首相にし、その人が住民投票、独立、合併まで行いました。それを支えるのに、少しだけロシアが軍事力を行使しました。それは非公然部隊(標識のない「リトル・グリーン・メン」)です。それがクリミア半島の議会の周りや、ウクライナ軍の施設の周りなど要所を強制力で押さえて、メインは政治工作で動かしました。そのため、ほとんど無血でした。1カ月ほど使って、住民投票や併合といった動きを進めたのです。
●伝統的な敷居を超えさせないロシアの戦略と圧力
山添 ここで大事なのは、この伝統的な敷居を越えていないことです。もしこれを越えていれば、ウクライナ側は軍事作戦をするしかありません。ロシアが越えていないなら、ウクライナ側が伝統的な敷居を越えるか否かという判断をしなければいけません。実はその時にも2021年や2022年と同じように、ウクライナの周りにはロシア軍が動員されていて、伝統的な敷居をウクライナ側が越えると次にはロシアからの通常戦争が待っているという状態でした。
そのため、ウクライナは力があってもそれを使えないという曖昧な空間の中におりました。そうした中、伝統的な敷居の下のところでやってしまったのが、クリミア半島併合時のハイブリッド戦争のかなり大きな特徴です。
―― そうすると、ロシアとしては、現地の政治を押さえて、彼(アクショーノフ)に独立宣言や住民投票をさせておいて、軍事としては戦争まではいかないレベルでやったということですね。
山添 はい。
―― それに対してウクライナが反撃をすると、今度は通常戦争としてロシア対ウクライナの戦争になってしまうので、ウクライナとしてはそれはできなかったということですね。
山添 そうですね。軍事と政治が入り混じっていることが、一番単純なハイブリッド戦争の理解です。私がこの図で申し上げたかったのは、ロシアはこの伝統的な敷居の右側に持っているものがあるということです。ロシアは1年後に「クリミア半島の(併合)時に核戦力を用意した」と言っていましたが、ロシアは持っている手段があるからウクライナに伝統的な敷居の左側だけでやらなければいけないように強いたのです。こういう難しい問題があります。
●カラー革命とその影響、取り締まりの前線にいたのがプーチン
―― なるほど。その前の部分も少しお聞きしたいと思います。ウクライナもジョージアもそうだったと思うのですが、いわゆる「カラー革命」が起きました。例えば、ウクライナとロシアの関係やジョージアとロシアの関係を考えるときには、カラー革命を理解しておかないといけないと思います。これについてご説明いただいてもいいですか。
山添 カラー革命には、ある2つの代表例があって、それを一緒くたにするための言葉としてできました。1つは2003年のバラ革命で、赤いバラを持った人たちが政権に対抗するために起こした政変です。ジョージア(旧称グルジア)で、サーカシビリという人がこの革命による選挙やり直しで大統領になり、反...