●突然のウクライナ侵攻と恐ろしいほどの非合理性
―― そうすると、これまでは比較的生かさぬように、殺さぬように、ウクライナ国内の内乱の要因を作って、従わせようとしていたということですね。プーチンの頭の中では、ウクライナへの侵攻は論理的に必然のことになっているのでしょうか。
前回の話でいうと、今までは、ある意味で旧来的な、戦争には入らない範囲でいろいろとハイブリッド工作を仕掛けていって、何とかしたいと考えていたということです。それを一気に今回のような紛争状態に持っていったのは、プーチンの頭の中ではもうそういう局面が来たという認識なのでしょうか。
山添 そうなったと思いました。このハイブリッドの図を見てください。図の一番下の行に当たりますが、2021~2022年まではウクライナ心理戦をやってきたと考えていました。その右側に軍事力行使のオプションがありますが、そこに至る前に交渉を有利に進めていました。そして、その三つ上のドンバス紛争は継続しています。つまり、ロシアが動かせる武装勢力がウクライナ領内に入っているということです。そういう軍事力のテコもありながら、ウクライナを揺さぶっていくと思っていました。また、この軍事オプションも伝統的な敷居を越えないものをやると思っていました。
つまり、ドンバス紛争の中で軍事力を拡大させ、圧力をかけて交渉のテーブルに着かせる。そういったことをやることによって、伝統的な敷居を越えずに交渉ができて、ロシアが払う代償もこの中に収めることができる。そうしたリスク回避、コスト重視の戦略をプーチンはずっと進めてきました。
シリアであからさまな作戦をやりましたが、あれもコストは一定程度超えないように、管理しながらやってきました。そのように、プーチンのことをずっと見てきました。ですから、いろいろと悪いことをやってきたとはいえ、ロシア自身にすごいリスクが及ぶような通常戦争をいきなり始めるのは、これまでのパターンと全然違っていて、そこが一番のショックです。
もう1つ、それよりもショックなのは、非常に大きな非合理性です。ウクライナを統一したいのは分かりますが、2022年2月24日の開戦時の演説も、「ウクライナ人、お前らにはナチスに協力した恥ずべき祖先がいる。その恥ずべき者たちの子孫であるお前らはネオナチのゼレンスキー大統領を討ち滅ぼして、俺に従え」というものでした。このような話を聞く人がいるはずはありません。
やっている作戦も東部のドンバス地方で、つまりウクライナ東部だけでやっているという体で、ロシアの中では完結させてしまっています。今の時点(2022年3月4日時点)ですが、キエフに向かうためにクリミア半島から北上してウクライナ南部に送り込まれて捕まっているロシア将兵は、何のためにここにいるのかが分かっていません。戦えないのに軍事作戦をさせられているのです。演習をするからといって軍事行動をしていったら、ウクライナで捕まり、ウクライナ人に「ファシスト」と呼ばれています。自分たちにはソ連の思い出などないのに、若い人たちがそういう目に遭っているのです。
ロシア人にこんな泥を塗るようなことをやっているロシアの指導者はとても非合理です。そのため、本当にどこまで行くか分からない非合理さを見せているところに、これまでと違う怖さがあります。
●真偽不明な情報を流し、侵攻を正当化する「社会言説空間作戦」
―― なるほど。そういう中で、このあとでお聞きする西側への工作も含めて、いろいろな情報が流されています。例えば、ウクライナの東部では親ロシアの勢力がウクライナ人に虐殺されているなど、真か嘘か分からない話がガンガン流されています。この図でいうと、「社会言説空間作戦」になるのでしょうか。
山添 そうです。閉ざされたロシアの言論空間の中だけで正当性が立つようになっています。ウクライナ東部の親ロシアの人たちに対して、ウクライナ人が攻撃をしてきているということですが、でっち上げであることがはっきりしている動画もあります。今はもう退避してしまいましたが、そうした紛争ラインのところには、ロシアも加盟国であるOSCE(欧州安全保障協力機構)の全ヨーロッパによる監視団がいるので、監視団がいる下でウクライナ軍がいきなりそこを越えてきて大量虐殺をしているということはあり得ません。そこではすでに見られている状態なので、完全に嘘です。
怖いのは、例えば先日の駐日ロシア大使の発言でもそうですが、ハルキウに爆撃したのはウクライナ軍の誤射などと誰にでも分かるような嘘を平気で言って、でも真剣に動いているということです。これも計算された恐怖なのかもしれませんが、「この人を説得して、止めることができるのか」という恐...