●情報に惑わされすぎないこと、それを憎しみに変えないこと
―― そうすると、当然、日本もその工作の対象国になると思います。こういうときは何に気をつければいいのでしょうか。
山添 今はこういう社会の分断を煽る言説には気をつけたほうがいいですね。現在の戦時でも、やはりロシア側の極端な論理を支持してしまう人がいます。インターネット空間上では、そういう人と、ウクライナをきちんと支持する人との分断や混乱が見られます。この分断は日本ではそれほど大きくはならないと思っています。というのも、日本では活字(メディア)や住所がきちんとある放送局から情報を得ている人が多いので、陰謀論的な情報に簡単に流される人は少ないといわれています。
しかし、もし仮にそうしたことによる意見の分断が物理的なところに現れてくる、すなわち乱闘になるとか、あるいは選挙に現れてくるなどということになってくれば、それを利用する人も次に現れるはずです。ですから、われわれの言説空間が変なものに惑わされないように今の段階でしっかりとやっておくべきです。
―― 歴史を振り返って、伝統的なロシアというと語弊があるかもしれませんが、例えば昔のボリシェヴィキなども、あえて議会政治を混乱させて、議員が汚い、議会政治などもうダメだという言説を出すことによって、議会の外での勢力を強めていき、革命に結びつけるという戦略を取ってきました。ある意味では、そういう伝統がロシアにはあって、今度はSNSなどを使って言論空間自体を壊しているということですね。
山添 そうですね。そういう手法でもあります。ただし、それをロシアだけがやっているわけではありません。アメリカのトランプ陣営がそういうものを活用していたので、もともとそこにある分断を煽ることもありますし、選挙でどちらが勝つか分からないといった状況にロシアが少し肩入れをして、崩していくこともあります。それに対する最も有効なものとして欧米で言われているのは、分断されにくい社会自体の強靱性です。分断はあるにしても、それがひどくならないように統一感、一体感を保っていく、それが一番大事なことだといわれています。
―― あとは、受け手の教養レベルというと怒られてしまいますが、正しい判断基準や判断の軸をどこに持つかも問われていますね。
山添 それについては、そういうことがあるということで、日本でも情報をどのように判断するかの訓練をしておくことが必要です。これは日本からは少し離れたロシアとウクライナの話ではありますが、情報に惑わされすぎないこと、そしてそれを憎しみに変えないことが大事です。憎しみになったら次の段階に入ってしまうので、いろいろな意見があるとしても、それを憎しみに変えないことが大事だということを体感し、それについて考えていくのは、今とても重要なことです。
―― 確かにSNS時代になってから、炎上などもよくいわれるようになりました。ここはよほど気をつけないと危ないということですね。
山添 そうですね。
●ロシアと中国の軍事協力をどう見るべきか
―― 最後に、ロシアと中国の関係についてお聞きしたいと思います。先ほども少しお話があって、お互いとしては従属にはならない関係でありながら、アメリカに対抗するために手を結ぶというお話がありました。この両国の関係を日本からどう見ておけばいいのでしょうか。例えば、中国を牽制するためにロシアと近づいたほうがいいのではないかという意見を言う方もいます。また、その逆の方もいると思います。こういう状況の中で、そこをどう見ていけばいいのでしょうか。
山添 ロシアと近づくことで中国を抑えるというやり方がうまくいくためには、二つの条件が必要です。一つは、ロシアが中国に対抗するほど敵対行動を取るかどうかです。それに加えてもう一つは、ロシアが日本と利益を共有できるかです。2013年頃にはその関係が成り立ちそうな感じが多少あり、その時期に日本としてもそうした試みが選択肢の一つとしてあったと思います。しかし2014年以降、ロシアは中国への傾斜を強めて、ロシアが中国と対抗するという選択肢はほぼ見えなくなりました。
これは理論的にいえば、(次のようになります。)ロシアは中国が強くなって台頭していくことを恐れるので、いずれ必ず対抗しなくてはいけないという説があります。しかし、それは唯一の理論ではなく、もう一つ選択肢がある。ロシアは中国が怖いので、中国について行く。そして、アメリカはもっと戦うべき敵なので、その意味でもアメリカにロシアが対抗するには同じ立場の中国とも連携する。ということで、この二重の理論的な必要性で、ロシアは中国と協力をするのです。
しかし、ロシアが中国に協力するとはいっても、やはり恐怖は残っています。中国が強くなってい...