テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

10分でわかる「プーチン政治」

プーチンのロシア―その思想と戦略―(1)プーチン政治の特徴

山添博史
防衛研究所 地域研究部 主任研究官
情報・テキスト
2022年2月に始まったロシア軍のウクライナ侵攻は、世界に大きな衝撃を与えている。なぜ戦争は起こってしまったのか。そもそもプーチン大統領の政治とはどういったものなのか。侵攻の背景にあるプーチンの思想的特徴を中心に、旧ソ連圏・アメリカ・中国に対する戦略など、「プーチン政治」について解説する。(全6話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:12:20
収録日:2022/03/04
追加日:2022/03/30
タグ:
≪全文≫

●プーチン政権の基本モデルは「強いリーダー」の存在


―― 皆さま、こんにちは。本日は山添博史先生に、プーチン政治についてお話しいただきたいと思っています。山添先生、どうぞよろしくお願いします。

山添 よろしくお願いします。

―― プーチン政治というと、まさに2022年2月に、ウクライナ侵攻がありました。その前からかなり強硬的な政治を行ってきたということで、実際にどういう政治モデルなのかをまずはお聞きしたいと思います。そもそもウラジーミル・プーチンが出てきた背景にはどういうことがあるのでしょうか。

山添 プーチンは(ロシア連邦)初代のボリス・エリツィン大統領の時、その最後の頃に首相に任命されて、そのあと大統領になりました。プーチンが着任してからの2000年以降の物語は、1990年代はとても混乱していたのですが、それがプーチンの下で安定してきて、経済も社会も発展するようになってきたというものです。そういったこと(混乱・苦難)を克服する強いリーダーがプーチン政権の基本的なモデルです。

―― よくいわれることとして、彼はもともとKGB出身だったという話があります。それについてはどうお考えですか。そのあたりも、そういうことにつながるという理解でいいですか。

山添 確かにKGB出身ではあって、そこの教育を受けています。そして、1970~80年代当時のKGB手法も今、現れているところはあるのですが、彼はKGBのトップになってからロシア連邦の政権のほうに行ったわけではありません。途中、サンクトペテルブルクの市役所で、市長の下で経済政策を担当したりするなど、いくつかの経歴を経てモスクワに入っているので、KGBだけでは分からないと思います。

―― なるほど。そのあたりもまた後ほど詳しくお伺いしたいと思います。

●ツァーリとしての役割を担って「叱る人」プーチン


―― ここでは簡単な概要をお話しいただきたいと思いますが、プーチンの統治の特徴とはどういうものでしょうか。

山添 上の絵で示している通り、昔ながらのロシア帝国の皇帝であるツァーリのモデルを考えると分かりやすいと思います。庶民の上に、庶民を搾取して悪いことをし、言うことを聞かない、あるいは意味の分からない貴族や役人がいます。しかし、庶民はツァーリの慈悲がこれを助けてくれると信じています。ニコライ2世の途中までは、ツァーリがいるから、この悪い役人を取り締まってくれると信じていたのです。

―― これはどちらかというと貴族が悪者で、皇帝は助けてくれるというイメージですね。

山添 そうです。そのため、プーチンもそういう役割を担っていました。オリガルヒは「新興財閥」という意味で、悪い金持ちがロシアのお金を仕切っているということです。彼らを抑えて、庶民も(安心して)暮らしていける世の中にしてくれる責任者が、プーチン大統領なのです。

 大統領が政府に対し、「政府は何をやっているのか」と叱るモデルなので、大統領は責任者ではなくて、その上に立って叱る人です。

―― 庶民からの支持率が高くなるのにはそういう理由があるのですね。

山添 そういう期待があることがこのモデルの基本になっています。


●旧ソ連諸国は同胞であり、統一されるべき


―― なるほど。次にロシアの政治を考えるときに重要となる、歴史観についてです。ウクライナ侵攻についても、日本人にはなかなか理解できない論理が振りかざされているように思うのですが、どう見ればいいのでしょうか。

山添 上の表を見てください。ソビエト連邦が30年前までありましたが、その前のロシア帝国は多民族の帝国であり、これらはもともと同じ国であったというのが、プーチン大統領の思想の大きな基本であり、それがロシアのあるべき姿になっています。実際にロシア民族であるロシア人が、ウクライナにも17パーセント、カザフスタンにも23パーセントいます。この表の一番下のラトビアやエストニアは人口が約100~200万人で、そのうち、それぞれ27パーセントと25パーセントの割合でロシア人がいます。

 「彼らは外国の人ですか。どうなんですか。ほったらかしていいのですか」というと、「これは外国とはまた違うカテゴリーだね」となります。近い外国だとロシアは言っているのですが、完全にはロシアの外の国として切り離せない集団意識や記憶があります。

―― (そこに)ロシア人が入っていったのはソビエト連邦の頃ですか。それともロシア帝国の頃からもう入っていたのですか。

山添 はい。ロシア帝国の頃からです。

―― では、ずっと長い歴史の中で入っていったことになるのですね。

山添 はい。エストニア、ラトビア、リトア...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。