●多くの国が「長期目標」にとどまっている
小原 いよいよ最後の議論に入っていきますが、「ネットゼロを考える」ということで皆さんにお話ししたいことがあります。これまでざっくりと説明をしてきましたが、CO2排出を削減するという世界的な流れは定着しています。ですが、そこにはやはりいろいろな課題も見えてきます。
例えばCOP26では、132カ国がネットゼロを表明しました。『日本経済新聞』を読むと多くの国は「国民と約束をした」と書いてあるのですが、132カ国の表明を見ると、すでに立法措置を取っている国は12カ国しかありません。検討中の国は4カ国ありますが、残りの116カ国は政治的な目標、かつ長期目標にとどまっているのです。
長期目標とは、今責任を持っている政治家が政治家でなくなっている、あるいはこの世に生きていないというほど先の目標です。であれば、その目標を実現するため、今の責任者が政治活動をできる間にどこまで短期的に削減する努力(インセンティブ)が残るのか。そういった懸念、疑問がわいてくるのです。
またパリ協定の長期目標(各国が表明した目標)が未達成、あるいは実現しなくても、罰則はありません。そのため、これが本当に実現していくのかについては懐疑的な見方もあります。
そういう意味でいうと、われわれ国民も政治家も、目の前に大きな経済問題が起きたときに、果たして未来の地球を救うためにそれなりの犠牲を払えるのかどうか。この究極的な問いかけにも答えなければいけないことになってきます。
●オフセットはあくまで「従」
小原 それから、先ほども再生可能エネルギーの話をしましたが、あくまで「実質」です。オフセットという制度を作ると、「とにかく金で買えばいいではないか」ということになりかねない。とくに先進国、あるいは巨大企業の中には、「CO2排出を削減するよりも、利益追求をして、その利益でもってクレジットを買って埋め合わせていくほうが楽でいい」というケースも出てくるかもしれません。
そうならないために前提となるのは、やはり「CO2排出を削減するのだ」という努力です。その努力が主であり、従ではない。ここは常に外してはいけない点だと思います。
それから、エネルギー安全保障との関係があります。例えば、本当に風が吹かなかったらどうするか。2021年はヨーロッパでは強い風が吹かなかったことにより、風力発電量が減少しました。それによって、電力の安定供給という観点から、それ以外の化石燃料に依存せざるを得なくなりました。その結果、天然ガスや石油の価格が上がるという事象が起きたわけです。
再生可能エネルギーはどうしても供給が不安定になります。そういったときに、十分なバックアップができるのか。十分な天然ガスや石油などがきちんと備蓄されていて、手に入るのか。そうした問題もあります。
アメリカでは、テキサスでは電力の自由化に、カリフォルニアでは再生可能エネルギーに、一気に方向転換をしていきました。その過程で、やはり電力の安定供給という問題にぶつかりました。電力不足、あるいは電気料金の値上げといったさまざまな困難が現れたのです。このように難しい問題も抱えているのです。
●エネルギーの安定供給に絡む地政学的駆け引き
小原 それから、エネルギー問題には地政学の問題がどうしても絡んできます。
地政学の問題でいくつか取り上げると、例えば地図にあるパイプラインは、バルト海の海底を通っている「ノルドストリーム」です。これが開通し、稼働しています。それでもまだドイツ側、あるいはヨーロッパにはもっと天然ガスが必要だということで、「ノルドストリーム2」を作りました。
陸上のパイプラインを含めてウクライナを通っているパイプラインは、ウクライナとロシアの対立があって、しばしば天然ガスの供給が止まります。天然ガスがウクライナを通ることによって通行料が支払われ、それはウクライナの非常に大きな財政収入にもなっています。
プーチン大統領からすれば、ウクライナに対する圧力ということで、ウクライナを通らない別ルート(例えばノルドストリーム2)を早く稼働させて、そちらから天然ガスをヨーロッパに送り出したいのです。そういった地政学的駆け引きも、この気候変動の問題に絡んでくるわけです。
ヨーロッパからすれば、とにかく再生可能エネルギーに転換したい。けれども、電力の安定供給という問題が出てくる。特にドイツの場合は石炭火力発電がまだまだ大きな割合を占めています。石炭火力発電を一気になくし、原子力発電もなくすという方向で動いていますから、近くなくなるでしょう。
そうなってくると、CO2排出削減の...