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ISが挑戦しているのはサイクス・ピコ秘密協定の無効化

第一次世界大戦から100年にあたって(1)20世紀の病根と21世紀の進路

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
アラブ世界
「2014年は後世、国際政治と世界史の転換点として記憶されるかもしれない」と山内昌之氏は言う。第一次世界大戦から100年。ようやく世界で一番むごかった戦争の痕跡が、中東でもウクライナでもそして日本でも、何か新しいものを吹き出そうとしているからだ。第一次世界大戦と中東、そして日本の関係を見詰め直すシリーズ講話の第一弾。

2014年は、第三次ガザ戦争とシリアにおける二重の内紛、ロシアによるクリミア併合など、「ポスト・冷戦期の終わり」を象徴する緊張が続出した。アメリカの影響力後退、地域主義の台頭、未承認国家の出現。とりわけ中東の地政学を大きく変動させる「イスラム国」は、国際世論を震撼させる存在だ。しかし、歴史的な見方を取れば彼らが挑戦しているのは、第一次世界大戦がアラブに強要した「サイクス・ピコ秘密協定の無効化」だ。イスラム国に対する拒否戦線を組むことで、世界は従来の国際秩序と国家観を守ろうとしているのだが…。(全4話中第1話目)
時間:11:41
収録日:2014/11/05
追加日:2014/12/28
カテゴリー:
≪全文≫

●第一次世界大戦から100年にあたって


 皆さん、こんにちは。

 今年2014年は、第一次世界大戦が始まってからちょうど100周年に当たります。現在の世界は、さながら20世紀の初頭を思わせるかのような大激動に見舞われています。それは、あたかも世界史において、どの世紀も世紀の始まりは不安定な時期を経験するかのようです。

 唐突かもしれませんが、私はここでアラブの歴史家、14世紀のチュニジア生まれのイブン・ハルドゥーンの言葉を思い出さざるを得ないのです。

 「諸々の状態が完全に変化する場合は、あたかも全創造が、全世界が変わったかのようになる。それはまるで、新しい創造、新しい生成が起こり、新世界が生まれたごとくになる」というもので、『歴史序説(アル・ムカッディマ)』の一説から引いた言葉です。


●20世紀の病根は第一次世界大戦に由来する


 特に現代中東の複雑かつ混沌とした政治構図は、これまでの世界史においても類を見ないほどです。その大きな要因は、第一次世界大戦中の連合国による秘密条約や偏った約束にあります。例えば1916年のサイクス・ピコ秘密協定は、現在のイラク、シリア、パレスチナ、ヨルダンの分割に関わる協定です。あるいは1917年のバルフォア宣言ですが、こちらは、パレスチナに「ユダヤ人の故郷(ジューイッシュ・ホーム)」をつくることに関するイギリスの約束で、イスラエルの建国につながりました。こうしたことにさかのぼるもろもろの複雑さが、今日の混沌をもたらしているのかと思います。

 第一次世界大戦は、世界史でも未曽有の残酷な戦法、新しい戦い方、あるいは破壊的な結果をもたらした恐るべき戦争でした。この事実について、イギリスの歴史家ジョン・キーガンは、「20世紀の病根のほとんどすべては第一次世界大戦に由来する」と言いました。これは過言ではないと思われます。


●2014年のアラブ世界で進行する三つの戦争


 この事実は、特に中東に当てはまるように思われます。例えば、2014年にアラブ世界では性格の異なる三つの戦争が同時に進行しましたが、その原因は実際には100年前にさかのぼるのです。

 第3次ガザ戦争とも呼ばれる、ガザにおける今年の戦は、パレスチナ人の民族自決権、そしてイスラエルの安全保障をめぐる対立が高じた上の衝突です。

 他方、シリアの内戦は、「アラブの春」に起因する反アサド政権の運動が発展したものです。しかも、スンナ派中心の反政府運動内部においても内戦が生じ、一番極端な「イラクとシリアのイスラム国」(「ダーイシュ」あるいは“ISIL”)という組織は、イラクとシリアの領土にまたがるシリア砂漠(バーディヤ・アッシャーム)に支配権を確立し、その名を「イスラム国」と改めたわけです。つまり、シリア内戦の中に内戦が入れ子状になっている二重戦争の複雑さが、さらにイラクや他の国にも広がろうとしているのです。


●第一次世界大戦を通して人類の近未来を理解する


 また、独立主権国家ウクライナの一体性を脅かし、クリミアを統合したロシアの動向は、東ウクライナでの内戦をもたらし、アメリカ・ヨーロッパとロシアとの緊張は、国際政治の中心的争点になっています。このウクライナをめぐるロシアとの緊張関係もまた、その遠い原因としては、第一次世界大戦とロシア革命にさかのぼると言えましょう。

 こうした点について触れるため、私は番組内で再三にわたり自著ではありますが、『中東国際関係史研究』の内容からかいつまんだ紹介をしてきました。この本では、オスマン帝国とロシア帝国の解体から現出したトルコ共和国とソビエト・ロシアとの関係を、第一次世界大戦後の中東秩序とカフカースなど黒海沿岸の地域秩序の変容との関係で理解しようとしています。

 この本は、私が35年間の研究成果として昨年10月に出版したものです。その中で明らかにしたのは、第一次世界大戦が20世紀から21世紀にかけての歴史の進路に依然として暗い影を投げかけ、今なお人々に困難でつらい生活と経験を強いている大事件だったことです。第一次世界大戦は、近代のどの戦争よりも歴史の道筋や人々の運命を大きく変えた戦争です。100年経った21世紀の現在も、その性格を考えることは、人類の近未来を理解する上で大きな手がかりになると言えましょう。


●2014年は「ポスト・冷戦期の終わり」


 今日は、限られた短い時間でありますが、「欧州大戦」と通俗的に理解されがちな大戦において、副次的なアクターとされてきた中東、特にアラブ・オリエント(アラビア語では「アル・マシュリク」)と日本、あるいはそれらと大戦との関係についていくつかのテーマを連続して考え、現代を考える歴史的な視点を提供してみたいと思います。

 さて、2014年...
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