●祖母は祖父について「話したことがないからわからない」と言った
執行 霊性文明という言葉は、(イギリスの歴史家アーノルド・)トインビーも言いました。実はすごいのです。今挙げたマルローもそうです。
竹本先生の書いたマルローの本はたくさんありますが、その中にもはっきり出てきます。「霊性文明はたぶん日本しかできないだろう」と。
日本ができなければ、もうできないということです。
―― すごいことを言っておられますね。
執行 なぜなら、ヨーロッパやアメリカは、「言語の文明」ですから。騒音と物質の文明で、最も成功した国がヨーロッパです。それで今、世界を制覇しているわけです。
日本はそこでは取り残されてしまいました。しかし、どちらかというと東洋、とくに日本には、霊性に最も合っている文明が、元々はあるのです。(神藏さんは)歴史にも詳しいからわかると思いますが、実は日本は、江戸時代末期や明治初期に霊性文明を達成する寸前だったのです。黒船が来なければ。
―― 達成寸前だったのですね。もう幕末のあたりで、それがある程度。
執行 寸前です。私は歴史を研究して、そう思います。
―― かなりいいところまで行っていた。
執行 「いい」というレベルではありません。偉大な史伝文学である大佛次郎の『天皇の世紀』を読んでも、それを感じます。もう1つ、私がそれを感じるのは、島崎藤村の『夜明け前』です。青山半蔵という、島崎藤村の父が主人公の文学です。 あとは日清戦争、日露戦争です。
ヨーロッパが乗り込んできたので、日本人はヨーロッパかぶれして、霊性文明を少し捨ててしまいました。どういうことかというと、家族が何の会話もせず、親子・夫婦が離婚も何もほとんどなく、世界一安定した家族を維持していたのが、日本です。夫婦の間も親子の間も、世界レベルで言うと会話はゼロです。
―― ほとんど会話をしなくても通じるわけですね。
執行 私の祖母まで事実です。祖父は、私が生まれたときはもう亡くなっていました。でも私は祖父にすごく興味があったので、祖父のことを祖母にいろいろ聞くのですが、(祖母は祖父のことを)まったく知りませんでした。「いやあ、話したことないから、わからない」と言うのです。
―― すごいですね。先生のおじいさんだから相当な人物ですよね。
執行 どんな声をしているか知らないと言うのです。 執行勤四郎(祖父)は、近所中の人から尊敬されていて、祖父を知っている人は、それこそわが家の女中をしていた人まで、みんな私が小さい頃まで遊びに来ていました。千葉の人たちです。わが家には女中が3人いて、歳を取って亡くなるまで毎年挨拶に来ていました。
―― 慕われていたんですね。
執行 「昔の旦那様」と言って、祖母のところに。「執行さんの旦那様ぐらい立派な人は見たことがない」と女中もみんな言っていました。でも声を聞いたことがない。祖父の兄は執行弘道と言いますが、執行弘道の声も誰も知らない。それでもみんなから尊敬されました。
執行弘道は天皇の美術顧問をしていました。(アメリカの建築家)フランク・ロイド・ライトの親友です。ライトの自伝にも執行弘道はたくさん出てきます。
―― すごいですね。
●西郷隆盛の妻も、西郷がどういう人かよく知らなかった
執行 そういう社会活動をしていても、家族は声を知らない。しゃべったこともない。それで、みんなが尊敬している。神藏さんは歴史が好きだからわかると思いますが、大山巌、西郷隆盛、乃木希典、東郷平八郎、全部そうです。しゃべらない。
日露戦争の日本海海戦で、東郷平八郎が発したのは言葉ではなく、ジェスチャーです。「左一斉回頭」の意味で、右手を左に下げただけです。この動作1つで日本海海戦のすべてが決したわけです。丁字戦法です。
―― 本当にそうですね。
執行 誰一人、会話がない。それでも東郷平八郎の命令と指令と思想は、連合艦隊のすべてに行き渡っているのです。
―― 確かにその通りですね。
執行 あれが、つまりは霊性文明です。江戸城開城(に至る過程)でも、西郷隆盛と山岡鉄舟、勝海舟が面会して会話はなかった。記録に会話がないのですから。「よか!」と言っただけです、西郷が。これが霊性文明なのです。
―― このように言われると、わかってきます。
執行 だから日本はヨーロッパかぶれ、アメリカナイズしなかったら、霊性文明の寸前まで行った国なのです。
―― かなりのところまで来ていた。
執行 師弟関係もそうです。家族もそう。会社も軍隊も、全部そうですから。1つ1つ例を挙げろと言われたら、一晩中できます。
―― 西郷隆盛も勝海舟も山岡鉄舟も。確かにそうですね。
執行 全部そうです。例外はない。あの頃の大学教授も、いろんな人が本の上で知っ...