●日本が達成していた霊性文明は、すごいレベルだった
執行 『ベラスケスのキリスト』から出てくる霊性文明とは、わかりやすく言えば日本の縄文文明です。だから日本は縄文文明に戻れない限り、滅びるということです。ヨーロッパでは、わかりやすく言ってしまえば、ケルト文明で、ほとんど一緒です。
だからおそらく新しい文明は、すごく泥臭くて土着的だと思います。土着的ということは、今の反対。情報遮断。地域的であり、泥臭い。
―― そういう意味で先生が言われた江戸の終わり頃は、けっこういいところまで行っていたわけですね。
執行 行っていました。地域社会もそうですから。
―― 地域社会ですね。
執行 全部、封建で、地方に分散していて。日本が達成していた霊性文明は、そういう見方で見るとすごいレベルです。世界中、ほかにありません。だから日本人は霊性文明を引っ張れる。これはアンドレ・マルローもはっきり言っています。本にも書いてあります。竹本先生にも、そう言っていました。日本の文明を見て、芸術を見て、「霊性文明を引っ張れるのは日本だけだろう」と。
―― 霊性文明とは、そういうことなんですね。
執行 そうだと思います。ある程度、80%方やったことがあるのだから、絶対できます。
―― 確かに近いところまで来ていたわけですね。
執行 日本はすごいです。歴史を見ると驚きます。だって、師と弟子、いろいろな偉い人の書いた先生と弟子、永久に尊敬する「恩」の関係もそうです。先生から声をかけられた思い出を書いている人でも、何かのときにひと言。それが一生に1回あったというのが、ほとんどです。
―― だから覚えているわけですね。
執行 私はそう思います。また言葉になっていないから、先生をすごく崇拝できる気がします。
―― 日常的に声をかけていたら、崇拝にならなくなりますね。
執行 それから声自体に沈黙がなくなってくるのだと思います。長い沈黙があればあるほど、声の音声の中にすごい宇宙エネルギーが入る。私はずっと見ていて、そう思います。
―― でも生き方を持っていないと、沈黙にもならないです。
執行 それはそうですね。単なる無口、ただのだんまりではだめですから。
―― 今は全部数字で表したり、可視化しようとしたり、ただひたすら成長しろと言ってみたり。そうすると、ものを考えない家畜みたいな人がいっぱい増える。
執行 今はそうです。そんな人ばかりです。
●日露戦争の名将たちの「沈黙」の意味
執行 とにかく私が72年生きてきて、一番だめだと思う言葉が「希望」です。もちろん言葉としていい意味があって私も好きですが、その一番素晴らしいものが一番悪いということが真理であるように思います。一番素晴らしいものが、実は一番だめなのです。「希望」を言う人間は、絶対に反省しないし、直らない。
―― 反省しないですよね。
執行 「どうにかなる」と思っているから。
―― 「どうにかなる」と思って、ここまで来てしまったわけですね。「まだどうにかなる」と思っている。
執行 まだ今でも思っている。
―― そうでしょうね。まだまだ進むわけです。
執行 無限成長なんて無理に決まっていますから。科学的に無理です。
―― その意味で江戸期は、やはり知恵がありました。
執行 あれは最高でしょう。江戸時代300年間の時代があって、偶然ですが、日本の沈黙の文化が生まれたわけです。何もしゃべらなくても、男女の恋も愛も、家庭も、上下関係も、先生と弟子も、何一つしゃべらないで、一生信頼できる関係が築ける。 東郷平八郎は、一切言葉を発しないまま、日本海海戦で世界最高の戦術を駆使して、戦争に勝てたのですから。東郷だけでなく、乃木希典や大山巌もそうです。
―― そうですよね。
執行 大山巌は(日露戦争で)満洲軍総司令官になりましたが、息子の大山柏(かしわ)に話した言葉として記録されていますが、満洲軍総司令官なってから終戦後に辞任するまで、ひと言もしゃべらなかったといいます。
大山巌は非常に頭のいい人だから、陸軍に関してすべてわかっている。それなのに何ひとつしゃべらないのは本当に苦しいことだったと、ひと言だけ一生に1回だけ吐いたそうです。満洲軍総司令官として、ひと言もしゃべらなかった。それが人生最大の苦しみだったというのです。
―― それはすごい話ですね。
執行 でも現実として、満洲軍総司令官は、ひと言もしゃべらなかった。
―― そういう人がいることによって安定するわけですね、総司令部が。右往左往しなくてすむ。
執行 そういうことです。
―― それがある種、霊性文明におけるリーダーのあり方かもしれない。
執行 だから霊性文明のリーダーは、日本にはもういたわけです。
―― そうですね。
執行 だ...