執行 この「霊性文明」という言葉を、私は声を大にして言っています。霊性文明という言葉自体は、元々私が一番尊敬している日本の大学教授の竹本忠雄先生(筑波大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス元招待教授)が使っておられ、そこからもらったものです。
竹本忠雄先生は霊性文明で有名なアンドレ・マルローの親友だった人でもあります。
―― それは、すごいですね。
執行 すごいです。アンドレ・マルローに関する本をたくさん書いていて有名で、著作の半分以上はフランス語です。その竹本先生が、直接マルローから聞いた話です。私もお世話になっている方で、今90歳ですが、ものすごく親交が深いです。
竹本先生が直接聞いたマルローの言葉が「21世紀は霊性文明の時代になるだろう」です。マルローは50年以上前に予感し、予告していたのです。
―― 予言していたのですね。
執行 あのマルローが、です。ド・ゴール政権で文化大臣を務めた、あのマルローが。
―― あのアンドレ・マルローですね。
執行 『人間の条件』など名著を書いています。私は文学でしか知りませんが。そしてマルローは、霊性文明になれなかった場合、人類は滅びると50年前に言っています。
―― 50年前に「霊性文明に入れなかったら人類は滅びる」と。
執行 21世紀に霊性文明に移行できなかったら、人類は滅びると言っています。もう1人重要な人はカール・グスタフ・ユングという、スイスの精神分析学者です。心理学で私が一番好きな人で、私の文学や心理学研究の中心になった人です。
―― ユングですね。
執行 ユングもそれに近いことを言っています。これが『ベラスケスのキリスト』に一番近いかもしれません。「次の文明はゴッドではなく、霊性の支配する時代となるであろう」と。
ゴッドではないということは、もうキリスト教の否定です。ただ、否定というと少しおかしくて、正確に言えば、キリスト教は基礎としては必要なのです。だから「キリスト教を超えなければならない」ということです。
先ほど言ったキリスト教の信仰が本当にすごかった時代、中世や原始キリスト教の時代は、私は大好きで研究していますが、あの頃の信仰など、とてもわれわれはできません。だって、十字架にかかるのが、なんともないのですから。
―― すごいです。
執行 もう桁が違います。武士道でもだめです。
―― 先生がよく言われる原始キリスト教は、4キロ四方の小さいエリアで、何の得にもならなくて……。
執行 何にもならない。見つかれば火あぶり。それで300年間、ローマの国教になるまで地下で信仰を続けた。そういう人たちです。約束として信じているのは「死んだら永遠の命とつながれる」ということだけ。それ以外のことは全部捨てる。そして捕まったら火あぶりになるのを承知で300年間、信仰できる人たちです。これは歴史的事実です。
―― 「永遠の命とつながれる」という、ただそれだけで。
執行 つながりたい、というだけ。「キリスト教を信仰すればそうなれる」と言われ、信じることができる人たちだったのです。
―― ここがすごいですね。「信じることができる人たち」というのが。
執行 『クォ・ヴァディス』という(ポーランドの小説家ヘンリク・)シェンキェヴィチの偉大な文学がありますが、ああいう作品を読んでも信じられません。われわれ現代人とは人類が違います。われわれはそれだけ汚れたということです。
―― 毒されている。
執行 要は毒された。文明の度合です。毒されたことは、どうしようもない。ウナムーノも自分が毒されているとわかっていました。だからこそキリスト教や仏教など、昔の大宗教を超えなければだめだと考えた。超えるにはやはり大宗教家の魂と一生涯対決し、葛藤することが必要なのです。
―― 対決して葛藤しないかぎり、できないのですね。
執行 できません、それ以外は。ユングもそう言っています。ユングが言ったというのは大変なことです。マルローももちろん同じです。マルローの場合、竹本先生が直接聞いています。
●沈黙と瞑想にこそ価値がある
執行 私も霊性文明については昔から言っています。日本では三島由紀夫です。私はいつもいろいろな本に引用していますが、「人間の肉体でそこへ到達できなくても、どうしてそこへ到達できないはずがあろうか」と、『美しい星』という本の最後に三島由紀夫が書いています。これが霊性文明の本質の中の本質です。 私は『葉隠』からここに到達しましたが、同じところに到達する、あるいは読めばできていくのが『ベラスケスのキリスト』なのです。
―― なるほど、先生は『葉隠』、武士道から到達していったのですね。
執行 私は武士道だけです。キリスト教も学校がそう(立教小学校~立教大学)だったから好きですが...