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「死に死を与える」…死を乗り越える価値観

『ベラスケスのキリスト』を読み解く(12)キーワードを読み解く〈下〉

執行草舟
実業家/著述家/歌人
概要・テキスト
『ベラスケスのキリスト』第4部第1節に「死に死を与える」という言葉が出てくる。これは「肉体のある人生が人生」と思っている限り、理解できない。戦後の日本人は貧しかったが、写真を見るとみんな明るい。当時の日本人は「人生なんて、どうにかなる」「死ぬときが来たら死ねばいい」と達観していたからである。今より少しは永遠の命とつながっていたのであろう。つまり死を受け入れているから、死を忘れることができる。執行草舟はこれを『葉隠』で理解した。『葉隠』は、じつは神秘思想の書でもある。(全13話中第12話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:12:11
収録日:2022/08/02
追加日:2022/11/25
カテゴリー:
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≪全文≫

●「権利」も「人生」も「地上の命」も、宗教家や武士は語っていない


―― 次に「死」についてお願いします。「死に死を与える」という言葉がありますね。

執行 第4部の第1節ですね。「死」という詩の中に「死に死を与える」という、ちょっと意味不明なことが書いてあります。これがどういうことか。

―― これは、すごく難しいですね。

執行 そうですね。大前提としては、肉体に囚われているわれわれが、自分の人生を「肉体のある人生が人生」と思っている限り、絶対にわからない言葉です。キリストが言うような「永遠の生命」が、実は人間の本当の命であるとわかると、わかるのです。

 だから死というものは、人間にはない。われわれが死が本当にあると思っている限り、地上の子供なのです。臍(へそ)の緒を断ち切ってないのです。地上にいて、地上の物質は全部腐り果てていくから、われわれは地上の物質として腐らなければならない存在だというのが、われわれの死の観念です。そこを超越しなければならないということです。

 これには1つの例があります。信仰を失っていったルネッサンスの頃のジョン・ダンという英国の詩人の詩です。私はダンが好きで、彼が信仰生活で一番重要なことを詩にうたっています。やはり同じような言葉があり、「死よ、お前は死ぬのだ」というのです。

―― 似てますね。

執行 同じ境地にみんな到達しているのです。死を死として気にしているうちは、霊性文明は一切わからない。だから霊性文明に入ったときは、人間は死を忘れなければだめなのです。

 死を忘れた生き方というと、武士道では死に向かっていきます。死の哲学です。でも山本常朝も言っていますが、実は死の訓練を毎日するのは、死を忘れることでもあるのです。「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言いますが、最初から「死が人生だ」と思っていれば、逆説的ですが、私も武士道で生きてきたため「死がない」のです。

―― なるほど、最初から。

執行 死に向かって生きていると思っていれば、死はない。死に向かっているうちに、人間の死などを乗り越えた価値観が身についてくるのです。それが『葉隠』のいいところです。それと同じことを言っているのです。

 西洋では人間生命の真の価値について、(マルティン・)ハイデッガーという哲学者が言っています。「生命とは、死すべき存在である。死に向か...
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