●「薔薇」は錬金術における「創造の力」
―― この長編詩を「自分のもの」にするために、必要なキーワードがあると思います。
執行 キーワードとして、同じような言葉がけっこう繰り返されるので。
―― それをお願いします。とくに「白い言(ことば)」からお願いします。
執行 第1部に「しばしのちに、世は…」という詩があり、ここにまず「白い言」が出てきます。「白い」は繰り返し、繰り返し、この長編詩の中に出てきます。だから「白い」とは何かを理解しておくことは、すごく大切です。
簡単に言うと、「白」は宇宙における生命あるものの姿です。では違うものは何かというと「暗黒」であり「混沌」です。これが宇宙の本質。宇宙を暗黒流体と捉え、その対比として、輝く存在としての生命、火花としての生命を「白」と表現している。だから人間が発する言葉は「白い言」。悪い意味ではなく、宇宙は黒く、死を意味しています。その黒が出すのは先ほど言った「沈黙」です。沈黙や永遠の生命は、黒を表す。
白いわれわれが、黒い沈黙と合体するために修行するのが新生の宗教であり、霊性文明に移行する、われわれの生き方ということです。
―― 合体するために、ですね。
執行 白と黒が合体して、新しい色をつくりあげなければいけない、ということです。われわれの生命は良くも悪くも、宇宙の暗黒流体の中から生まれた一瞬の輝きです。
―― 一瞬の輝きなんですね。
執行 だから火花。われわれの生命は、宇宙の断片だということです。その断片を輝かせるのが生の価値で、生の価値をいろいろ問うているのが、人間がつくりあげた芸術であり、文学であり、音楽、詩、哲学である。これらは全部そうで、生の価値を追求しています。
―― われわれの生命が宇宙の断片だと理解すると、だいぶ違いますね。
執行 理解しなくても、現実にそうなのです。それを認識していないということです。
―― 認識していないということですね。
執行 でも本当のことです。断片であるから、すべてでもある。すべてから見たら、断片でもある。そこに価値があるのです。
ちょうど思い出しましたが、三島由紀夫の『豊饒の海』という大著の最後の巻は「天人五衰」です。これは仏教用語で、本書でわれわれの本当の生命の意味を述べています。三島由紀夫ぐらいになると言い方がかっこよく、「断片の清冽さ」と言っています。これが生命の価値です。
一瞬の輝きであるわれわれの生命の価値を「断片の清冽さ」と言う。これを私は武士道の極致の言葉だと思っています。われわれの生命の本質的表現でもある。そして白は、清冽ということです。その清冽さが愛の本質であり、宗教の本質でもある。われわれ人間がつくったものだから、宗教の本質も白です。
白とは、宗教家がみんな言っていた「無」です。白の本質は無です。
―― 「無」なんですね。
執行 それがわかってくると、われわれは「清冽な断片」になることができるということです。
―― 白の本質は「無」なのですね。
●「薔薇」は錬金術における「創造の力」
―― それから、13節に「薔薇」と出てきます。これもすごいキーワードですね。
執行 「薔薇」もいろいろな箇所に出てくるので、意味がわかっていないとつまずきます。薔薇はヨーロッパの文明でもよく出てきますが、簡単に言うと錬金術においては「創造の力」のことです。ものを作り上げていく力。生まれいづるエネルギーの形。ものが生まれいづるエネルギーの形と捉えれば一番いい。創造の回転エネルギーです。
それをヨーロッパ人が直感的に「われわれ人類がものを作り上げるための根源の力ではないか」と思い、象徴(シンボル)として掲げたのが薔薇なのです。
―― 錬金術は相当な意味合いを持っているのですね。
執行 もちろん、そうです。科学を生み出す根本でもあり、哲学も宗教も全部、錬金術から生まれました。錬金術は、昔の言葉で言えば「ヘルメス思想」です。このヘルメス思想がわからなければ、ヨーロッパの文明は何もわかりません。
―― ここが重要ですね。
執行 私はヘルメス思想もだいぶ勉強しました。ヘルメス思想も『ベラスケスのキリスト』の中で、わりとわかりやすく解説してあります。これがわからないと、わかりませんから。だから薔薇の意味も、錬金術がわからないとわからない。
―― すごいキーワードですね。
執行 銀河や生命の発生も。そしてすべて物質は結晶になりますが、結晶化も形としては全部、薔薇なのです。だから薔薇のように収縮していく。すべてのものの象徴です。
もう1つ私流に付け加えれば、薔薇があのように棘があり、触れば血が出る茎を持っているのには重大な意味があります。つまり善は、悪から生まれるということです。
―― なるほど。...