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食事、飲酒、噂話…現代にも通じる古代中国の生活風景

古代中国の「日常史」(4)記録から読み解く風俗

柿沼陽平
早稲田大学文学学術院教授
情報・テキスト
数多ある歴史史料の中から当時の日常生活に関する記録を拾い上げる日常史研究。その研究は一体どのように行われ、どのような苦労や楽しさがあるのだろうか。食事や故事にまつわる古代中国の日常史を紹介し、日常史研究の方法と醍醐味を味わっていく。(全5話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:16:36
収録日:2022/09/09
追加日:2023/02/26
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●日常史研究から見えてくる、身分で異なる食生活


―― ということで、日常史とはどういうものなのかという広がりと、いかに動きがあるかということも教えていただきました。今回はその中でも特に食事に絞ってお話を伺っていければと思います。この本(『古代中国の24時間~秦漢時代の衣食住から性愛まで』)でも朝から始まって夜までという中で食事のシーンが何カ所か出てくるのですけど、お書きになる上で、食事のシーンで先生がこだわったところというか、何か気になったところはどこになりますか。

柿沼 やはり皇帝というのは一番のお金持ちで、当時、何でも食べられるのです。その人が何を食べたのかというのは記録に残っています。そういうものは歴史学者であれば簡単に調べられるのです。それに対して一般の人たちですが、例えば日常、僕レベルの人がいたとして、朝、夜、何を食べていたのか。あるいは1日に何回食事をしているのか。意外にわからないのです。それを調べるのに苦労したということです。

 例えば大雑把に説明すると、皇帝です。皇帝はやはり色々なものを食べていて、「熊の手のひら」などというものも食べています。僕は食べたことがありませんが、今でも珍味といわれます。そんな記録があったりしますし、三国時代よりもう少し後の時代は、珍味の文化がすごく栄えていて、豚の育て方に至るまでちゃんと記録が残っていたり、あるいはある貴族がこういうふうに豚を育てましたという記録があったりします。

―― (その記録には)何か変わったことが書かれてあるのですか。

柿沼 例えば、人の母乳で育てる。

―― 人の母乳で育てると。

柿沼 ええ。今でも変な話、グルメの人は、豚肉は育成段階から皆さんこだわるのですよね。

―― たしかに、どんな餌をあげるかというのはありますね。

柿沼 例えば、僕は生ハムが好きなのですけど、生ハムだと、確かイベリコ豚にはドングリを食べさせます。中国古代の人では、人の母乳で育てた豚肉は特別やわらかいということで、当時の貴族はそれをやるのですけど、さすがに時の皇帝から、「あいつは人でなしだ。やり過ぎだ」というようなことをいわれているというような記録が残っています。なので、色々なものを食べていますし、貴族に関しては調べようがないというか、逆に広がり過ぎてしまっていて、何でも食べると。それに対して一般民はどうかというと、どうやら1日2回食事をしているようですが、2回できればいいほうです。

―― 時間は何時くらいなのですか。

柿沼 これもなんとなくわかっていて、朝9時前に1回、夕方の3時から4時くらいに1回です。だいたいそれで終わりです。1日1回も食事ができないという人がいたという記録もけっこうあり、貧富の格差は今よりありますから、中国古代の一般人はけっこう辛いと。それから豚肉もそうそう食べないのです。

―― そうでしょうね。

柿沼 下っ端の役人も含めて、当時の中国の一般人はあくまでもアワとか、小麦の主食を食べて、ちょっと塩をなめるくらいで、あとちょっと野菜があればいいと。それで終わりで、記念日くらいにしか肉は出てこないのです。

―― 日本でも、それこそ肉を日常的に食べるようになったのは相当後の時代になってからですよね。

柿沼 そうだと思います。1つの理由は、色々と調べているとわかるのですけど、冷蔵庫がないのです。だから豚を1頭屠る(ほふる)と、村人全員でその日のうちに分けないと腐ってしまいます。あるいは干し肉にするかです。それも高いわけですけど、干し肉の文化がすごく発達しています。

 あるいは村人たちのコミュニティの中で交換し合います。これもまた発達していて、例えば自分の家の豚を1頭殺して、みんなに配るとなると大損ですが、村人全員が各家庭でそれをやるので、自分もプレゼントをもらう可能性があります。このように、しょっちゅう村の中でお互いに交換し合う文化のことを、文化人類学では「互酬性」とか「贈与交換」といったりしますが、このようなことが日常的に行われているのです。そこから派生して見ると、例えば中国古代の人にとって賄賂と贈り物のラインがどこかというのは、実は大論争になっています。

―― これは難しいですね。

柿沼 大変難しいのですよ。

―― 互酬性でいった場合には、これは今の日本でもそうですけど、以前にもらっていたら当然お返しをするというのが礼儀でもありますし、逆にそれを欠かすと互酬性のネットワークから外されてしまうわけですね。

柿沼 そうなのです。あるいは「村八分」という文化も(記録に)残っていて、「あいつとは食事しない」というのです。そのような記録が残っていて、喧嘩になっています。これはつまり互酬性の場ということです。食卓はみんなで食材を準備するわけですから、そういうことをしな...
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