●様々な出土物が、見過ごされてきた当時の生活を探る史料になる
柿沼 問題はそれだけではないということで、日常史をいざ研究しようということになると、従来博物館とか、美術館で見飛ばしていたものがすべて史料として使えることになります。
例えば、建物の形はどんなものか。あるいは中国古代の人はキスをしたことがあるのか。これはくだらないことかと思われますが、例えば真ん中の石像です。中国古代の2人がキスしているシーンです。僕はこれを見て、けっこう感激しました。「あっ、キスしているのだ」と。「いや、キスくらいするだろう」と安易に思ってしまうのは現代人であって、2000年前の人が本当にしていたかは意外にわかりません。
―― たしかにそうですね。
柿沼 そういう愛情表現があるかどうかが分からなかったのです。あるいは右上のものはレリーフですが、お墓の壁画に彫られたもので、石に彫っているので「画像石」といいます。煉瓦に彫っている場合は「画像磚(せん)」といったりします(スライド下段の左から2つ目にその字が書いてありますが)。こういったものも市場の様子を描いているものです。
―― これは市場なのですね。
柿沼 ええ。右上の図の一番左側のところに「市門」と書いてあって、これが市場の様子であることがわかります。こういったものを見ると、市場はこんな感じだったのだとわかったりもしますし、これと文献を照らし合わせると、「ああ、一致するね」とか、「これはこのことを描いているのか」といったことがわかります。
あるいはこれ(右の上から2番目)もまたお墓から出た絵ですけど、壁画です。先ほど、お墓の中にこんな史料があるのですかと鋭い質問があり、わからないと答えましたが、色々な仮説はあり、はっきり言ってよくわかりません。壁画も(その理由は)はっきりとわかりません。この壁画に何が描いてあるかというと、字もあって、「肉をかじる」と書いてあります。焼き鳥のようなことをやっているのです。
―― これは串に刺さった肉なのですね。
柿沼 そうなのです。左側に焼き鳥というか、鳥ではないかもしれませんが、シシカバブのようなものを持っています。これをどうして、死者のお墓の中に壁画として描くのかということはわからないのです。当時の風景を描いたものだとはいわれていますが、それは正直説明になっていないのです。ところが、出てきてしまったものはしょうがない。色々な分析をすると2000年前のもので間違いないということになったので、放っておくわけにはいかないのです。そこで、当時の人はシシカバブを食べているなどということになる。そのような感じで史料を調べていくと色々わかるのです。
●出土した明器で当時の人々の死生観や欲望がわかる
下に挙げた通り、画像石、画像セン、壁画、土器というものがある他に、明器というものがございます。
―― 明器とはどういうものですか。
柿沼 この真ん中のキスしているものや、左側の中国古代の建物もそうなのですが、中国古代、漢王朝の時代の人は、死ぬとあの世が広がっていると考えています。それで、自分が生前使っていたものをお墓に入れておくと、パッと目覚めるとお墓に入れたものだけが次の世界に持ち越せると思っているのです。だから、例えば、僕はスキーが好きなので、死んだときにスキーの板を墓に入れてくれと。そうすると、パッと目が覚めると、スキーがあの世でできるわけです。
問題は、生前使っていたものを全部お墓に入れるというのは至難の業で、例えば自分の奥さんを殺して入れるわけにいきません。あるいは巨大な建物を丸ごとお墓に入れるわけにいきません。なので、当時、そのためにだいたいの人はミニチュア版を作ってお墓に入れます。シルバニアファミリーやレゴのような感じで作ってお墓に入れる。すると、死んで、パッと目覚めたら、それが大きくなったものがあの世で使えるのです。ですから、小さいシルバニアファミリーのようなものを明器というわけです。
例えば、この左側の建物も、真ん中のキスの像も、どうしてこのようなものが墓から出てくるかというと、明器だからです。そういうことはわかっているのですが、でもそういってもなぜキスのシーンの明器を墓に入れるのかといわれると、よっぽどキスしたかったのだろうとしか思えないのです。
面白いのは、すごく下っ端の役人のお墓がちょっと前に見つかったのですが、そこから山ほど明器が見つかったことです。ただ、どれも大していいものではありません。(下っ端の役人はそれほど)お金がないですから、ミニチュア版の明器は市場で売っているようなものを買うのです。
―― 売っているのですか。
柿沼 ...