●古代中国の激しい宴会文化を伝える記録の数々
―― さまざまな発見の中で、先ほど(第4話)殷の時代はお酒を飲み過ぎて、「酒を飲んでも飲まれるな」のような話が周の時代にあったというお話がありましたけど、酒の失敗談で何か面白いものがあったりするのですか。
柿沼 (そこは)ひどいですね。
―― ひどいですか。
柿沼 ひどいです。これも僕がおそらく一番自己満足で楽しみました。プライベートな話で恐縮ですけど、僕は早稲田出身です。早稲田生は世間に迷惑をかけています。僕はそうでしたけど、コロナ禍の前、高田馬場でいつも飲んで、早慶戦などがあると新宿でキャーキャー騒ぐわけです。
―― 大学生の微笑ましい光景でございますね。
柿沼 微笑ましいと思うか、あるいは教員からするともうどうしようもないと思うかですけど、年を取ってくると自分も慚愧の念に堪えませんという形で、申し訳なかったと。逆に、自分もやったので学生には強く怒れません(笑)。
―― まあ、そうですね。わかります。振り返ると。
柿沼 でも、ポジション上、怒らないといけないのです(笑)。という色々な思い出がある人は少なくないと思います。そういった視点で中国古代史の例を見ると、何度もいっていますが、政治史とも経済史とも関係ない、要するに中国古代の人は寝ゲロをしたことがあるか、あるいは酔い潰れて仕事に失敗したことがあるか、「イッキ」の文化はあったのか、飲み会コールの文化はあったのか、どれくらい飲めると酒豪認定されるのか、とか。このようなものはほとんど研究がないわけです。おそらくやっても意味がないと思われているからです。
―― これらは我が身を振り返ると、いくつかありそうですけど。
柿沼 そうなのです。僕にとってはそれがとても面白くて、調べると山ほどあります。しかも男女合わせてすごく飲んでいて、ほとんど笑い話です。ある女性は飲み過ぎて、帰るときにウワッとゲロを吐いた後に「私は毒を盛られたのだわ」と。絶対酔っ払っているのですけど、そう思って、その吐いたゲロを自分でなめて、「あっ、毒じゃないわ」といった記録があるのです。どこで笑っていいのかわかりません。
―― それは笑い話として書いてあるのですか。
柿沼 いや、わかりません。けっこう有名な女性なので、これが政治史の部分に関わってくるのです。
―― 毒殺かどうかということでは、たしかに政治的にいうと…。
柿沼 本当にあり得るので、この人たち、大丈夫かなという話です。
あるいはある人(少年)が男性4、5人で飲んでいて(ここがまずまずいのですけど、未成年でお酒をみんなで飲んでいる)、ちょっと疲れたから自分だけ寝ていた。そしたら男性たちがみんなで政府転覆のクーデターの話をしている。そのときにその若者は賢かったので、「これ、話聞いている限りは失敗する」と。「でも自分はもうその話を聞いていると思われているから加わらないとまずいけど、加わって失敗したら自分は処刑される。どうしよう」と思って、その若者は何をしたかというと、自分で口の中に手を突っ込んでゲロを吐いた。それを見た周りの男性が「こいつは酒が弱い。ゲロを吐いている」ということで、結局クーデターに加えなかった。それでクーデターが失敗して、その若者だけが助かったのです。
だけど、僕が気づいたのは、大人のおじさんから見て、若者が横で寝ゲロをしている場面というのは日常的にあり得るということです。そうでないと、お酒を飲んで吐いた瞬間を見て、何が起こったのかわからない、というのが普通の反応ではないですか。でも、そこにはお酒を飲んだら吐くのだという文化があって、寝ゲロをしても仕方がないという文化があるという前提がないと、実はそのクーデターの話は成立しない。ということで、当時は相当ひどい(飲み方だ)とわかる。
それから色々と酒豪の統計を見ると、だいたいわかってきたのは20リットルです。
―― 20リットル。それは…。
柿沼 1度の飲み会で20リットル飲むと酒豪認定です。
―― それは1カ月ではなくて1度ですか。
柿沼 1カ月ではなくて、1度の飲み会です。色々と調べたら、3次会の文化もありました。コロナ禍前は、皆さん1次会へ行って、今日は2軒目行こうということがありませんでしたか。その文化があるのです。3回(飲む)部屋を変えたという飲み会の文化があったり、7日7晩飲んだ記録もあったりします。
―― それは貴族階層になるのですか。
柿沼 貴族階層です。どうしてかというと、夜、飲み会をするためには、今と違って電気がないので、ずっと油を灯してなければいけないのですけど、これはお金がかかるわけです。なので、当時の飲み会は夕方の5、6時で終わるのです。夜中までずっと飲んでいられるというのはお金持ちの証しです。ということ...