●明確となった「中国の強大化」
―― その多極化、しかも普遍的な価値観に基づく平和共存的な多極化ができるかどうかという点で非常に印象深かったのは、2016年当時に出した『「世界激変」の行方』の段階だと、ちょうどトランプ大統領が登場する時期で、日本にとってもまだ普遍的価値観について「そこにこだわる、あるいはそこに固守して衝突の前面に押し出されてしまう危険性があるのではなかろうか。それよりは、もう少し柳の枝のように柔軟に対応するべきだ」という位置づけだったと思います。それがこの本『偽りの夜明けを超えて』の時になると、いかに普遍的価値観を掲げるかが非常に重要な外交的要素になってくるというお話です。この2016年から今までの間に、世界の様相がそこまで一変した、とわれわれは強く認識したほうがいいということですね。
中西 はい。その通りですね。その一つは何といっても「中国の強大化」と、「中国の暴走」といってもいいでしょう。もはや「中国の台頭」という言葉では当てはまらないほどの強硬な対外膨張、あるいは国内における強圧政治。習近平政権の中国がとうとう、それまで長い間秘めていたいろいろな内外の強硬政策を実行に移し始めた。そして、さらに中国の国力が強大化したということが挙げられます。
特に2020年が非常に重要な年だったと思います。香港は、厳密な意味で2020年までは、中国国内ではありませんでした。中国領土ではあったけれども、「一国二制度」ということで香港の自由は認められていました。香港の政治体制は、中国本土とは違う民主主義の体制であっても構わないということで、鄧小平以外にイギリスと合意して植民地の返還ということになり、当時までの状況につながったのです。
ところが、2020年に習近平政権は「国家安全維持法」という香港に特殊な法律を北京でつくってしまった。香港の自由な政治活動を一切認めないということで、(政治活動をした場合は)厳罰に処す。非常に強い国内の弾圧政策を始める。これは、おそらくは価値観の問題です。日本人の多くは26年前、香港が中国に返還されるとき、一国二制度で香港はこれまで通り自由な体制を維持する。少なくとも50年間は香港の自由は保たれると思っていたのが、一挙に、しかも非常に強圧的な形で、一国二制度が否定されてしまったのです。
●中国は現状の国際秩序へ挑戦している
中西 つまり中国は、国際公約である一国二制度、あるいはイギリスとの返還協定も踏みにじった。これはやはり国際秩序に挑戦したのです。国内の民主化、民主派弾圧と同時に、国際社会に対してもNOをつきつけた。ですから中国は、この時点で国際社会のメンバーとして、大きなクエスチョンマークがついてしまった。言い換えると、中国が基盤としている共産主義が、共産党創立100周年ということで2021年、2022年の第20回党大会のいずれにおいても、「中国はこれから、より忠実な毛沢東主義あるいはマルクス・レーニン主義に戻ります」と意思表示しているわけです。
つまり非常に正直に、鄧小平以来隠してきた、あるいは天安門事件以来、何があっても最優先で進めてきた「共産党一党独裁体制の維持」を全面に掲げる、そのためには手段を選ばないという習近平体制の基本を、世界に示したわけです。中国は、尖閣諸島の問題も、そして台湾をめぐる問題でも、2022年に至るまで非常に強い姿勢を示し続け、それ以後はむしろ軍事的な威嚇を伴うようになります。
2022年の8月には、アメリカの下院議長だったナンシー・ペロシ氏が台湾を訪問しました。この時も中国の軍事的対応は、ウクライナ戦争に訴えたプーチン・ロシアと同じくらい、非常に好戦的な国なのだということを世界に示した。ヨーロッパの諸国も台湾問題に非常に強い感心を持つようになり、ヨーロッパ諸国だけではなく、東南アジアの国も中南米の国も含めて、中国と国交があるかないかに関係なく、台湾で軍事衝突が起こることに対して(懸念した)。また、「台湾は民主主義だ。中国はそうではない。その中国が台湾を軍事力でもって併合をしてしまう。そんなことはあってはならない」ということで、ヨーロッパの多くの国々が「台湾支援」の声を挙げ始めたのです。
●価値観こそが今後重視される日本の安全保障の柱となる
中西 そういった流れを見ていると、「価値観」というものが、世界秩序の大きな分け目になっている。冷戦が終わってイデオロギーの対立がなくなったと思われていたのですが、実はこの「価値観」の問題は、国際平和、戦争と平和を分ける非常に大きな縦軸、分断線になったのです。
どちらの立場を取るか。「法の支配」「国際法に基づく現状を守る」という考えの国と、「現状は変更してもいいのだ。価値観やイデオロギーが正しければ(つまり共産主義や民族主義という理念の...