●ネタニヤフの政治生命にダメージが与えられた
皆さん、こんにちは。イスラエル軍の地上侵攻がささやかれている現在、ガザの問題の行く末については、まだ見えない部分が多いです。しかしながら、この作戦がどのようなものになろうと、ポスト・ガザ作戦ともいうべきもので見えてくる中東の風景について、私なりに注目しておきたいと思います。
まず第1に、イスラエルの問題に関していえば、ネタニヤフ首相の政治責任が、あらためて問われると思います。ネタニヤフの政治生命にダメージが与えられたと言ってもよろしいかと思います。
この政権は宗教右派を中心とする極右の保守的な宗教諸政党を連立の有力パートナーとして取り入れた、ネタニヤフのリクードを軸とする連立内閣です。この連立内閣は基本的に、ハマスはもとより、パレスチナ自治政府も含めて、パレスチナ人とのあいだで妥協しないという立場を取ってきた政権です。とりわけ、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区への入植地の建設と拡大ということで顕著に特色づけられる政権です。
彼らは、中東におけるアブラハム合意や、私がいうところの「競争的共存」ということに関して、ある一方的な、そして歪んだ(歪んだという言葉がきつければ「疎外された」)見方をしてきた点が特徴です。
パレスチナ人の自治権や、オスロ合意に基づく自治国家から独立国家への成長、そしていわゆる「two state solution」と呼ばれる2国家並立・共存案――ユダヤ人国家と、アラブ人(パレスチナ人)国家の共存案――をつくりあげていくことが、両者の折り合う妥協の線にあったわけです。
しかし、これを無視して「そういうものをつくらなくていい」(とネタニヤフ連立政権は考える)。ヨルダン川西岸にどんどん入植地を建設し、拡大していくというのは、そういうことですね。つまり、西岸を軸にしてつくっていくパレスチナ人の独立国家の建設を認めようという気持ちがあれば、西岸に多くの入植地をつくる必要はないのです。
こういう「入植地を拡大して構わない」という非常に尊大な、あるいは一方的な、そしてパレスチナ人とユダヤ人双方の信義則ともいうべきものに反したような、こうした一種の間違い、非常に歪められた考え方。これが今回、思わざるかたちで、彼らがガザに封じ込めていたと考えていたハマスから、手ひどい攻撃を受けたということです。
何であれ、イスラエルは政治責任、とくに結果責任に対して厳しく問う国です。イスラエル世論の中において、ネタニヤフ首相は、内政においては腐敗あるいは汚職がささやかれている厳しい政治家でありました。それを何とかしてこの間、逃れてきたわけですが、おそらく、このガザの事件の後に、戦争や武装衝突の悲劇の責任を、国内における汚職の責任と同時に問われることになるでしょう。これが第1です。
●ハマスの攻撃が壊したもの…中東民主化の未来はどうなる?
第2は、今回のハマスの行為によって、パレスチナ国家の大義もまた傷ついた点を見なければならないと思います。今回のハマスの行為によって、瞬間的あるいは小局面においていえば、これまでイスラエルによって押さえつけられてきたパレスチナ人たちが反撃を加えたという点で、日本語でいうところの「溜飲を下げる」、つまり一種の爽快感を持った人たちも多かったかもしれません。パレスチナ人が、仮にそう思ったとして、誰もそれを咎(とが)めることができないかもしれません。
しかし、パレスチナ人が持っている1つの道徳性からすれば、実はこのハマスの攻撃は、たいへん高くつくのです。なぜかというと、イスラエルのほうでも、これは妥協できないところに(イスラエルの諸政党や市民世論を)追い込んでしまったことになります。「このような攻撃をするハマスを隣国に置いておいて、そしてハマスが率いるガザ地区を含んだパレスチナ自治区(そしてパレスチナ自治区を担っている政権)と妥協することによって、2国家解決案(two state solution)を実現していいのだろうか」という厳しい世論が、イスラエルの中からは必ず出てきます。間違いなく、私はそのように予測できるかと思います。
つまり、パレスチナ自治政府や穏健派のパレスチナ人たちは、非常に理性的かつ論理的にイスラエルとの2国家併存を考えようとしても、パレスチナとイスラエルの中の、相手に対して厳しいスタンスを取る世論からすれば、なかなかにそのような妥協が難しくなるということではないかと思います。
第3番目は、もう少し大きなレンジで考えた場合、アラブの春以降の民主化の1つの姿として、いっときエジプトでモルシー大統領率いるムスリム同胞団が政権を掌握しましたが、こうしたイスラム主義というものが、アラブ・イスラムの民主化の1つの可能性であるという見方について、懐疑的ある...