●パレスチナが持っていた優位性は道徳性と忍耐力だったが…
皆さん、こんにちは。イスラエルの側に、もちろんオスロ合意の無視――パレスチナ自治領土(ヨルダン川西岸)に対して無制限に入植地を建設するようなオスロ合意違反、あるいはパレスチナの民族自決に関して、彼らの権威を踏みにじった行為があったことは、もちろん事実です。
それはもちろん、私たちは見なければなりませんし、イスラエルのそうした行為についてはこれまでも批判してきました。しかしだからといって、(ハマスが)開戦理由・開戦事由(casus belli)も開示せずに、いきなり大量のロケット弾をイスラエル領内の集落や市街地などに、雨あられとばかりに浴びせるということになると、これは国際的にも批判を免れません。
パレスチナが、ある意味でイスラエルに対して持っていた優位性というのは、パレスチナ人民の持っている道徳性と、彼らの忍耐力です。この道徳性と忍耐力が何かといえば、イスラエルが攻撃し、かつ侵攻したとしても、それに対して極力、いわゆる忍耐袋の緒を切らない。そうした非常に自制的なかたちで、ある意味では文明論的に対応してきたわけです。
それであるがゆえに、日本を含めた国際世論のなかには、パレスチナ人の大義や、将来未来に対して本当に案じ、かつ非常に微力ではあるとはいえ、人道支援、医療支援、教育支援を含めて心ある政府や国民が支援してきたことがあるのです。しかし、今回のシーンをいきなり見せられてしまいますと、国際的にも、パレスチナ人が持っていたある種の道徳性や悲劇性というものに対して、ものの見方が少し反転するという傾向も否定できなくなってきたわけです。
げんに、これまでフランスやイタリアをはじめとするヨーロッパ(EU)の世論は、パレスチナ人に対して非常に好意的でありました。そしてかつて第三世界の盟主と呼ばれたインドも、パレスチナ人に対して好意的な見方をしてきました。しかし、今回の(ハマスの)行為によって、インドやフランスはじめ欧州世論が、イスラエルの自衛権をむしろ認めることになったのは、まことに今度の事件の特殊性を物語っています。
●中東域内の「責任ある国」の調停は実現するか?
ところで、イスラエル軍が、ささやかれている地上戦に突入した場合、ガザの一般市民のあいだに多数の犠牲者を出す痛ましい事態が生まれることは、ほぼ確実です。これを食い止めるためには、ハマスの側から、拉致した人質たちを無条件でとにかく解放することということ。これに伴い、第2に、アメリカやEUといった外部の――そしてかつてであれば日本もその一角に加わる力を持っていたのですが――こうした責任ある国々が調停する努力をしないといけないわけですが、私としては、中東域内の責任ある国々の調停も重要ではないかと思います。
中東において、こうした調停能力や力を持っているのは、イラン、トルコ、サウジアラビア、イスラエルという4カ国が域内大国と目されてきたわけです。このうち、イスラエルは当時者であって問題にならない。イランはハマスの代理人のようなところがありますから、これもまったく問題にならない。残るのはトルコとサウジアラビアということになります。
トルコは、オスマン帝国としてかつてパレスチナに宗主権を持って支配していた国であり、エルドアン大統領は調停にたいへん意欲的です。サウジアラビアは、メッカとメディナというイスラム教の二大聖地の管理者であり、産油国として豊富な経済的な力をもってパレスチナを支援してきた国でもあり、イスラエルとも合意を結ぶ可能性を持っている国です。
トルコに関していうと、イスラエルに対して原則的なところでは厳しい態度を崩しませんが、しかし注目すべきは、中東のなかで最初にイスラエルを公認し、国交を結んだイスラム国家だったという事実です。トルコとイスラエルのあいだには、お互いに何をしていいか、何をしたら悪いか、どこまで主張すべきか、あるいはすべきでないかということに関わる「阿吽(あうん)の呼吸」と、培われてきたノウハウがあります。トルコの存在は無視できないと思います。
しかし、サウジアラビアであれば両方にパイプを持っていますし、アブラハム合意に入りかねないということはあるにしても、サウジアラビアは従来の関係からすれば、調停能力を持つことはいえるかもしれません。しかし、イスラエルがトルコの姿勢を警戒するのと同じように、ハマスがサウジアラビアの姿勢を警戒する――すなわち、アブラハム合意まで進んでいた、親米同盟国であるサウジアラビアのスタンスを気にするかもしれません。
そこで、ワイルドカードが一枚残ります。エジプトという国が、最適な候補として浮かび上がるのです。ガザはシナイ半島に面して、エジプトのすぐ隣国です...