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毛繕いを代行!?脳の大型化が可能にしたメンタライジング

進化生物学から見た「宗教の起源」(2)宗教の機能とメンタライジングの次元

長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長/元総合研究大学院大学長
情報・テキスト
『宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』(ロビン・ダンバー著・長谷川眞理子解説・小田哲翻訳、白揚社)
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宗教には主に5つの機能がある。世界の説明、道徳的価値体系提示、死と死後の世界への言及、世の悲惨に対する救済、内集団の結束を固め、外の集団と闘うといった機能だが、集団生活する霊長類にとって、内集団の結束は不可欠である。そのための仕組みとして、霊長類には毛繕い(グルーミング)があるが、進化した脳を持つヒトの場合、毛繕いに代わる方法として宗教や言語が生まれたのではないだろうか。そこで今回は、その可能性に迫る一つとして「メンタライジング」に着目し、宗教の機能とともに解説する。(全3話中第2話)
時間:16:49
収録日:2023/12/20
追加日:2024/02/06
≪全文≫

●「宗教」が持つ5つの機能


 さて、(今回は)宗教にはいろいろなことがある中で、宗教はどのような機能を持っているのか、宗教があると何がいいのかということです。

 これについてダンバーはいろいろな機能のことを話していますが、私流にいうと、一つには「世界の成り立ちや出来事の理由」について説明してくれる、例えば病気がなぜ起こるかといったことについて、因果的な説明を言ってくれることです。なぜ、こんなことになるのか。何が原因でこういうことになるのか。そういう分からないことを知りたい。その説明を宗教がしてくれるのではないかということは、一つあります。

 それから、「やっていいこと」と「悪いこと」に対する「道徳的な価値判断」ということがあると思います。普通の社会生活から出てきた処世術や経験的知の集積というものもありますが、何か超自然の存在が見ていて裁断するという権威づけのようなこともあるわけです。

 また前回、死後の世界を本当に信じている宗教が全部ではないと言いましたが、人間誰しも死んだ後の世界、魂の行方というのは怖いものです。その分からないものに対して安心の提供をしてくれるということが、一つあるのではないか。

 さらに、私もときどき思うのですが、世の中には本当に悲惨なこと、惨めなこと、もうどうしようもないことがよくあります。そういうとき、自分ではどうしようもないけれど、大きな存在が救ってくれるのではないかと信じることで、自分自身が慰めを得る、救いを得るという機能もあるのではないか。

 それから、よく宗教の戦争や闘いなどで使われることがあるように、内集団の結束を固めて相互扶助を促進する、「あいつら」といった外の集団と闘うときの要になるようなこともしているのではないか。

 ただ、結束を固めて相互扶助を促進し、外の集団と闘うというのは、それが必要だったから宗教が出てきたという、起源の問題というよりも宗教が先にあるからそういう内集団の結束を固めて外と闘う手段にするという機能を後から果たしているのではないか。

 宗教の機能においても、難しいことはいろいろあります。なぜ、それがあるといいのか、安心するのか。つまり普通ではできないことを説明してくれることで安心させてくれるのか。個人レベルでも集団レベルでも、いいこととして機能している証しはいろいろ取り出すことができると思います。


●世界の説明と「因果推論」


 まず私としては、「因果推論」について少し話したい。ヒトは必ずや「何かが何かの原因である」というように考えます。

 「Aが起こるとBがある」というだけであれば、連合学習でけっこうなのです。「ベルが鳴ると、えさが出る」というのは、「ベルが鳴れば、えさが来る」という連合ができればいいので、「ベルはえさの原因である」と考える必要はない。連合しているということが分かればいい。

 しかし、人間はそれを超えて、「AはBの原因である」というように「因果推論」をします。そして原因について、「自分がこうしたから」というように、自己も原因の一つとして認識されるわけです。

 そういうことがいろいろあると、「世界はどうしてこのようにできているのですか」「その原因は何ですか」「なぜ四季はあるのですか」「なぜ地震はあるのですか」「なぜ病気はあるのですか」というような全ての原因を求めるという意味で、因果説明が欲しくなります。

 それで、世界はどうして始まったのかということで、創造神話がどこにでもある。そういう意味で、なぜ天があり地があり、なぜ春夏秋冬があるかというようなこと全部、すなわち世界を説明されると、納得して安心するわけです。

 ところが、私が思うに、宗教は長い間そういうところに応える機能を果たしてきたのだけれど、自然科学が発達することによって、「病気や天地がどうしてあるか」「地震はどうか」といったことについては、自然科学的な説明にずいぶん取って代わられてしまった。

 自然科学が発展する以前は、長い間、宗教的説明しかできなかった。分からないことが多すぎた。そこを説明してくれるという一つの安心感、納得感が(宗教の)大きな源泉だったのだと思います。


●「毛繕い」でエンドルフィンが出て、信頼感が高まる


 さて、そうした「説明してほしい」という衝動はさておいて、ヒトは「集団生活」をします。

 ヒトは霊長類ですが、サルの仲間である霊長類はみんな集団生活をします。その集団は、ただみんなが集まっているという烏合の衆ではなく、集団の構成員は互いを認識して個体識別し、結束がある。(つまり)家族...
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