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能楽師の家に生まれた氏がなぜ外資系企業を選んだのか

能楽師の家に生まれ、外資系企業に入社―分林保弘の半生

分林保弘
株式会社日本M&Aセンター 代表取締役会長
情報・テキスト
能楽師の家に生まれ、外資系企業に入社し、途中、営業と喫茶店経営との二足のわらじを経て独立し、株式会社日本M&Aセンターを創業した分林保弘氏。その半生を聞きながら、氏の思想のルーツをたどる。
時間:09:06
収録日:2014/06/23
追加日:2015/07/30
キーワード:
≪全文≫

●50年前にグローバル時代・IT時代を予見した


―― 分林さんは能楽師の家に生まれて、山岳部で育ち、立命館大学を出られて最初に勤められたところが、外資系企業のオリベッティでした。

分林 150年前に、オリベッティの創業者は、「我々は、社会に対して物質的な貢献をすると同時に、道義的、文化的貢献をも果たさなければならない」という社是を残しました。例えば私たちは今、能楽を支援していますが、企業は利益だけを追っては駄目で、社会的・文化的貢献をしていくものです。このことは、会社に入ったときに教えてもらいました。

―― 分林さんの家は代々能の家元。ご自身がもともと文化と近いところにいらっしゃいました。

分林 知らず知らずのうちに、歴史や文化を大事にしたいと思っていました。

―― やはり体に染みついていらっしゃる。分林さんの人生で面白いのは、能の家元の家系にもかかわらず、就職するときに当時はまだ珍しかった外資系企業を選ばれたということ。それが結果として良かったのでしょう。

分林 これからの企業経営は世界規模になるだろうということを、50年近く前から思っていました。当時、オリベッティは7万人の従業員を抱えて、世界80数カ国に展開していた会社です。そこには企業経営の何らかのノウハウがあるだろうことと、もう一つ、これからITの時代が始まるだろうということを50年前から予測していました。ですから、コンピューターにも触れたかったですし、学生時代から営業は多少自信がありましたから、その力も活かせるだろうと考えて入社を決めました。

 それに、もともとコンサルタント志向でした。経営戦略のコンサルティングをしたいという志向は、入ったときからありました。自分が好きな道を選ぶのが一番ではないでしょうか。別に初めからM&Aを考えていたわけではないですが、結果的に自分の好きな道を進んできたという実感はあります。


●オリベッティと喫茶店経営の二足のわらじを履く


分林 当初、オリベッティは5、6年で辞めて独立するつもりでしたが、外資系企業ということもあって、自分の好きなことを自由にさせてくれて、居心地が良かったのです。それでついつい長居してしまいました。もちろん売上ノルマの数字は厳しかったですが、売上さえ上げていれば、本当に自由に企画・行動できる会社でした。

 30代半ばになって、そろそろ本当に独立しようと思った頃、そのときは家族もいましたから、足元を片付け、固めていくためもあって、3軒目だった当時の家の半分を喫茶店にして、約5年間、オリベッティと喫茶店経営の二足のわらじを履きました。そうしたら、結果的にオリベッティでの営業成績もそれまで以上に良くなったのです。

―― 喫茶店経営もされていたのに、営業成績が上がったのですか。

分林 そうしないとけじめがつかないですから、自分でも頑張らざるを得なかったのです。

―― そこが分林さんのすごいところです。喫茶店は、平日昼間は奥さんがやって、会社から帰ってきて分林さんに交替し、土日は分林さんが喫茶店に立って、独立のための元金を貯めていったと以前にお聞きしました。

分林 全然業種が違いますから、むしろ新鮮な体験でした。そのうち元金も貯まって、安心して起業ができると思い、40歳過ぎに、ある非常に優秀な税理士の方と一緒に事業を始めました。会計事務所のお客様とのお付き合いが長かったこともあって、当初は経営計画のコンピューターシステムを全国の会計事務所に営業・販売していました。

 そのうちバブル時代に突入して、今度は事業承継のコンピューターシステムを開発し、全国の会計事務所に営業しているところで、冒頭(参照:企業の後継者問題・集約化とM&A)に申し上げたように、会計事務所の方々から中小企業の後継者問題が大変だという悩みを多く耳にして、そこからこの会社が自然にできていったのです。


●現状分析と問題点と解決策を提供し続けてきた


 ですから、私はもう約40数年、同じ方々とずっとお付き合いしています。先週の金曜日には、栃木県足利市にある、出会った当時から社員を100数十名も抱えていた大きな会計事務所が遊びに来ないかと言うので、足利市まで足を運びました。彼らともかれこれ40年の仲です。

―― お付き合いしている中から、「こういう問題があって、その解決策を分林さんにお願いしたい」といった感じでビジネスが始まるのでしょう。しかもコンピューターのこともよくご存知ですし。やはり外資系企業のノウハウは仕組み作りには役に立つのですね。

分林 外資系企業で働いて驚いたのは、「営業は科学である」という言葉です。おそらく50年前、日本企業にこの言葉はなかったでしょう。入社した年の4月、5月の2カ月間、それから新しい部署に配属になった直後の11月、12月の2カ月間で集中的に...
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