進化論といえばダーウィンだが、彼の有名な著作『種の起源』の出版には、ラッセル・ウォレスという人物をめぐる想定外の事態があった。科学的進化論の端緒である『種の起源』誕生の背景と、その議論のポイントについて解説する。(2025年5月15日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全9話中第4話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●杜撰だったチェンバースの議論
長谷川 それで、ラマルクの考えはとても広まったのだけれど、信用はされなかったのです。
1802年生まれでスコットランドの出版業者のロバート・チェンバースという人が、1844年に『創造の自然史の痕跡』という、ひどい本を書きます。私は(その本を)持っていますが――全部読みたくないのだけれど――、(チェンバースは)宇宙の始まりから、地球の始まり、生物の始まりなど、いろいろなことを(扱いながら)どうやってこの世界ができたかということを『創造の自然史の痕跡』という名前で書きました。
(そうして)出版して、ものすごく売れたのです。けれど内容はというと、ラマルクの考えとか、他のいろいろな考え(例えば)ビュフォンとか(が出てきて)、理論体系も穴だらけだし、証拠として挙げている事実も嘘があったり、いろいろなものがごちゃ混ぜなのです。けれど、とにかくすごく新しい考えということで人気を博して、出版業者で大儲けし、本当にすごく売れたのです。
一説によると、チェンバースがどうしてこういうことを考えたかというと、あの人は多指症で、生まれつき6本目の小指があったのだそうです。それで、そういう変異というものがあって生物は変わるということは、自分の多指症を説明するという意味があったということをどこかで読みました。
世間的にはすごく売れたけれど、いわゆるインテリからはけちょけちょにけなされて、「もうダメだ、ダメだ」の連続でした。
ダーウィンはそれを全部見ているのです。チェンバースがこういう本を出して、こういうことを書いたということを、彼も読んでいます。めちゃくちゃでごちゃ混ぜだと思ったのですが、それがどう受け止められたかというと、インテリ層からはけちょけちょにけなされているけれど、大衆からはワッと人気があったということで、そのことをダーウィンはちゃんと見ています。
その頃にはもう、(ダーウィンは)進化についていろいろ考えていたので、これは(今)出版するとか考えを表明するということにはものすごく慎重にならなければいけないなと思ったのがチェンバースの事件でしょう。
●急いで出すことになったダーウィンの『種の起源』
(ということで、)ダーウィン(の話)になります。(スラ...