この講義シリーズは第2話まで
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資本主義の再定義…哲学で考える
利とは、義の和である…なぜ道徳的なふるまいが企業活動に重要か
資本主義の再定義…哲学で考える(4)共感としての見えざる手
中島隆博(東京大学東洋文化研究所教授)
5.企業が「CPO=最高哲学責任者」を置く時代…人間の知性とは?
2026年8月17日配信予定
6.「一人で悟るのは危険だ」…学ぶことの本質と日本の役割とは?
2026年8月18日配信予定
現代の世界的な哲学の最前線では、中国古典などの思想資源の再解釈を通じた資本主義の再定義が進められている。マルクス・ガブリエル氏は「道徳的事実への共感」を「見えざる手」と定式化し、これからの企業活動における道徳的ふるまいの重要性を説く。また、東アジアの文脈からは、何晏の「利とは、義の和である」という言葉が注目され、利益と倫理の融合が示されている。混迷する現代社会において、単に古典を読むだけでなく、それを現代の課題解決にどう生かすかが問われているのだ。(全6話中第4話)
時間:12分19秒
収録日:2026年1月21日
追加日:2026年8月11日
収録日:2026年1月21日
追加日:2026年8月11日
≪全文≫
●日本社会のレジリエンスを支えているのは横の関係
もう一人、お目にかかったのはヒュー・ウィッタカー先生です。この方の“Building a New Economy”(邦題は『新しい経済のつくり方:「人間中心」の日本型資本主義へ』)という翻訳本がこの前(2025年10月)出ました。オックスフォード大学にいらっしゃった苅谷剛彦先生が監訳されたのですが、ウィッタカー氏はオックスフォード・ニッサン・インスティチュート(Oxford Nissan Institute:オックスフォード大学日産現代日本研究所)の先生です。1970年代、ニッサンにはお金もあったしビジョンがあったのですね。ちゃんとオックスフォードに投資をなさって、素晴らしい日本研究者をたくさん育てたわけですが、ウィッタカー氏はその一人なのです。
(ウィッタカー氏は著書の中で)日本社会の持っているレジリエンスについて賞賛されているというか、それは「そこまでおっしゃっていいのかな」というところもあるわけですけれど、中根千枝先生――われわれ東洋文化研究所の大先輩で、東大で初めて女性の部局長をお務めになった方です――に『タテ社会の人間関係』という名著があって、日本がタテ社会だということで分析されたのですが、そのことに反論されているのです。
「それ(日本社会はタテ社会)もありましょう。しかし、日本社会のレジリエンスを支えているのは、もっと横の関係だ。これが日本社会の強さなのです」と。
ここではいくつか例が挙げられていますけれど、協同組合とか、NPOとか、そんなものがありますよね。タテだけではありません。
いわれてみたら、例えば江戸時代を考えてみると、松尾芭蕉は『おくのほそ道』(で各地)を巡るわけですが、あれは別に無茶して旅行しているわけではなく、各地の連歌の仲間たちを頼って行っているわけです。場所場所で一緒に連歌を詠んだり、泊めてもらったり、ご飯を食べさせてもらったりしている。それは連歌を詠むためのアソシエーションです。水平的なものではないですか。タテもあったけれど、ヨコもあった。それが日本社会のレジリエンスなのではないですか。こういうことをおっしゃっているわけです。
オックスフォードの先生たちが、はからずも渋沢...
●日本社会のレジリエンスを支えているのは横の関係
もう一人、お目にかかったのはヒュー・ウィッタカー先生です。この方の“Building a New Economy”(邦題は『新しい経済のつくり方:「人間中心」の日本型資本主義へ』)という翻訳本がこの前(2025年10月)出ました。オックスフォード大学にいらっしゃった苅谷剛彦先生が監訳されたのですが、ウィッタカー氏はオックスフォード・ニッサン・インスティチュート(Oxford Nissan Institute:オックスフォード大学日産現代日本研究所)の先生です。1970年代、ニッサンにはお金もあったしビジョンがあったのですね。ちゃんとオックスフォードに投資をなさって、素晴らしい日本研究者をたくさん育てたわけですが、ウィッタカー氏はその一人なのです。
(ウィッタカー氏は著書の中で)日本社会の持っているレジリエンスについて賞賛されているというか、それは「そこまでおっしゃっていいのかな」というところもあるわけですけれど、中根千枝先生――われわれ東洋文化研究所の大先輩で、東大で初めて女性の部局長をお務めになった方です――に『タテ社会の人間関係』という名著があって、日本がタテ社会だということで分析されたのですが、そのことに反論されているのです。
「それ(日本社会はタテ社会)もありましょう。しかし、日本社会のレジリエンスを支えているのは、もっと横の関係だ。これが日本社会の強さなのです」と。
ここではいくつか例が挙げられていますけれど、協同組合とか、NPOとか、そんなものがありますよね。タテだけではありません。
いわれてみたら、例えば江戸時代を考えてみると、松尾芭蕉は『おくのほそ道』(で各地)を巡るわけですが、あれは別に無茶して旅行しているわけではなく、各地の連歌の仲間たちを頼って行っているわけです。場所場所で一緒に連歌を詠んだり、泊めてもらったり、ご飯を食べさせてもらったりしている。それは連歌を詠むためのアソシエーションです。水平的なものではないですか。タテもあったけれど、ヨコもあった。それが日本社会のレジリエンスなのではないですか。こういうことをおっしゃっているわけです。
オックスフォードの先生たちが、はからずも渋沢...