●アラブに見られる破綻国家現象
皆さん、こんにちは。今日は前回に引き続き、中東における権力の真空、あるいは、新しい権力を目指した市民はどのような方向に進んでいったのかというような問題について、少し考えてみたいと思います。
あえて申しますと、いま起きている現象は、これまで権威主義的な支配や独裁者による専制的な支配を受けてきたアラブの国民国家が、破綻国家(フェイルド・ステイト)に変化しているのではないかということです。どのアラブのリーダーも日本の研究者も、なかなかそうしたことをはっきり直視しようとしません。政府、外務省や各企業には、いろいろな立場や利益があるわけで、当然のことながらこのような見方をするのはなかなかに難しいのですが、イラクやシリア、リビア、あるいは、イエメンといった国は、国家としての統一性(インテグリティ)や統合性(ユニティ)というものを失うことになったということは、以前にも触れました。
もう少しその状態を定義するとすれば、これは一種の破綻国家なのです。つまり、ソマリランドやソマリアというアフリカの角にある国、これは、もともとアラブ連盟にも加入していたり、アラビア語に近い言葉を話したりする人もいたのですが、こうしたソマリア自体が、もはや一つの統一体を成していない。アフリカの西海岸においても、そうした状態の国や地域が出てきつつある。これらは、いずれも国際政治で破綻国家と呼ばれる存在ですが、アラブの重要な石油資源国、あるいは、戦略的な要所を占める重要な国々の中から、この破綻国家現象が出てきているということは、誠に遺憾なことであります。
●破綻現象二つの特色-アラブの解体と新勢力の登場
これは、アラブ国民国家の没落と、それに代わる地政学的な真空を完全に埋め切れるような権力のバランスがまだ生まれてきていないということを意味しており、ここに21世紀の中東が直面し、われわれが大変憂慮するに堪えない点があるのです。
つまり、特色付けようとすれば二つのことが挙げられます。まず第一に、簡単に言えば、既存のアラブ国家がその枠組みや国境も含め、解体しつつあるということ。第二番目は、その廃墟の上に新しい国家を目指す新しい勢力が登場してきたということです。しかも、その勢力は互いに衝突し合っているのです。それは他でもありません。一つはイスラム国(IS)であり、他方はクルド民族だということです。前回申し上げましたように、このISとクルドが互いに対立しているということは、偶然ではないのです。
●アラブ解体の要因-1.ヨルダン川西岸におけるイスラエル勢力
さて、一番目に挙げた既存のアラブ国家の解体とアラブの弱体化を促した要因として一番大きいのは、やはり、イスラエルによるヨルダン川西岸のほぼ恒久的と彼らが考えている占領であると、私は思います。そして、ユダヤ人、イスラエル人の市民の入植地の拡大です。
もともとオスロ合意によって将来できるパレスチナ自治国家、ひいては、パレスチナ国家の重要な核として成長すべきであったヨルダン川西岸に対して、オスロ合意を守らずに、そこに入植地を次から次へつくり、イスラエルの人口を人為的にヨルダン川西岸に集めようとした政策は、アラブの当事者たちに大きな傷跡やトラウマを残しました。結局、自分たちの土地を回復できず、オスロ合意という外交的な協定を実現できないアラブの首脳たちとは一体何なのかという点で、彼らに対する不信感を高めたのです。これが、アラブの弱体化や解体を促した一つの要因です。
●アラブ解体の要因-2.シーア派のマシュリク進出
もう一つは何か。それは、シーア派のイランによる統合アラブ地域、アラブの軸への進出です。アラビア語では、統合アラブのことを「マシュリク」と呼びます。「マグリブ」という言葉をお聞きになった方は多いかと思います。西のモロッコ、アルジェリア、チュニジア、そして、時にはリビアも含めた地域のことで、「日が沈む所」というのが、マグリブです。アラビア語では、「ガルブ」という言葉が西を指します。そこからきた言葉がマグリブです。逆に、マシュリクというのはアラビア語で東のことで「太陽が昇る所」、これを「シャルク」と呼び、このシャルクからきた言葉がマシュリクです。
イランは、他ならぬアラブの重要な心臓部の一つであるマシュリクへ進出しているということで、アラブの権威やアラブの一体性を脅かしているということです。
●中東の内外で国境を越えて広がる過激派勢力
こうしたことに加えて今、私たちは、地域を横断する新しい宗教、宗派の過激化の動きを見ることができます。それは、少女の自爆によって30数名が死んだとされる報道がありましたが、そのナイジェリアのボコ・ハラムのような存在...