●樹海の案内人・早野氏に取材
書いていくうちに、いろいろと取材も行いました。私は編集者をやっていましたから、自分の本を自分でまた編集していくといったところもあるのです。それで、4人ほどいろいろな方にインタビューをしました。
1人は、樹海を案内してくれる人です。作家の早野梓さんという方ですが、その人は、テレビなどの取材で、樹海はすごく恐ろしい場所という設定の下、樹海に入っていくと磁石も狂ってしまい出られなくなったり、死体があったりという特番のガイドをやっていました。もともとはある企業に所属して、その辺りの地質を調べていた人なのです。
富士山というのは非常に危ない所で、今は特に危ないと言っていました。地質が変わったりするのです、火山ですから。常に樹海を歩き回りながら調査をして、報告しているのです。それは、その企業とその企業に所属する人たちの家族を守ることが一つの使命になるということで、そういう仕事をされている人だったのですが、歩いていると、自殺者の死体を時々見つけるわけです。それで、だんだんとそういう依頼も来ていました。樹海の案内は仕事としてやっているわけではないのですが、そういうこともやるようになられた人なのです。その人に樹海を案内してもらいました。
●迷っている人が日本中に居るのだろう
私も初めて行ったのですが、やはりここでものすごい数の人が亡くなっているという状況がありますから、そこには何かあるのですね、非常に感じるものが。あそこは遊歩道がありまして、結構そこを散策したり、ピクニックのように歩いて楽しむ人もいるのです。自殺する人は、その横からひゅっと中に入っていくのですね。入るとき、本当に自殺すると決めている人は、すっと歩いて入り、もう帰ってこないのですが、迷っている人も多いのです。中に入ると出られなくなりますから、迷っている人は、そこの木にビニールの紐を結んで、ばっと入っていくわけです。
行かれたら分かるのですが、そこにはそのビニールの紐がいっぱいあるのですね。いっぱい結んであって、樹海に入っていくわけです。ずっと入っていって、思いとどまったら、また出てくる。出てくるときは、その紐をたぐって出てきたりするわけです。
案内してくれた人は、「そのビニールの紐の先に行くと何かありますよ」と言うから、行ってみたのですが、そこには何かが落ちているのです。ロープが落ちていたり、睡眠薬が落ちていたりするのです。その時、そのビニール紐が日本中にわっと引かれているような、そういうイメージを持ったのです。何かそういった迷っている人が日本中にいっぱいいるのだろうと思いました。
●一言でも話ができると自殺を思いとどまる人が多い
その早野さんという案内してくれた方は、いろんな方を自殺から救っているといいますか、自殺をやめさせて帰らせた人が結構多いそうです。声を掛けたら、大体8割ぐらいの人が帰っていくと言うのです。声を掛けて会話が成立したら、ということですけれども。
そこで話される言葉は、別に「自殺をやめようよ」といったことではなく、ものすごく日常的なこと、あるいは冗談などです。自殺するならこんな寒い所はやめて、南洋でも行ってやったらどうだ、といった冗談のような話でもしたら割と帰っていく人が多いそうです。その後、また来て自殺しているのかもしれないですが、帰っていく人がほとんどだったという話をしていました。自殺スパイラルといっていいのかどうか分かりませんが、全く人と話ができないほど孤独の状態になっているわけですね。ですから、本当に一言でも人とコミュニケーションが取れると、その人の中に窓ができて、自殺というものをふっと思いとどまらせる、そういう感じがあるのですね。そういうことを樹海で学んだと思います。