テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2016.06.29

お金をばらまく?「ヘリコプター・マネー」とは

 5月26、27日に開催された伊勢志摩サミットで、日本は議長国としての存在感を発揮しました。安倍首相の「リーマン前発言」には批判も集まりましたが、「世界経済の回復は継続しているが、見通しに対する下方リスクが高まっている」ことは、各国の共通認識。G7の首脳は「新たな危機に陥ることを回避するため、すべての政策対応を行う」ことで合意しています。

 「すべての政策対応」のなかでも、日本が近々導入に踏み切るのではないかと世界が注目しているのが、「ヘリコプター・マネー」です。

消費増税先送りも、ささやかヘリコプター・マネーか?

 ヘリコプター・マネーは、文字通り、ヘリコプターで上空からお金をばらまくこと。わたしたちにとっては「空からお金が降ってくる」わけで、夢のような話ですね。

 もちろん実際に空からお金を降らせるわけではありません。現実的には、財政支出や中央銀行による国債の引き受け、減税、国民に対する直接給付などを行います。それらを通じて、政府が本当に望んでいるのは消費市場の活発化です。

 サミット後、実施予定が2年半後に繰り延べられた「消費税10ペーセント増税」にしても、「税金が増えれば、国民は消費を控えるだろう」というシンプルな読みにもとづくものです。

「大恐慌」の原因分析から出てきたヘリコプター・マネー

 これをデフレ対策の特効薬として、真剣に考慮したのは米国の経済学者ミルトン・フリードマン氏でした。フリードマン氏は、著書『貨幣の悪戯』の中でこの手法についてふれています。

 「中央銀行は空から、現金が枯渇している下界に向けて、新規にお札をばらまくことができるので、通貨供給量を押し上げ続けることができる」というのが、その主張。ただし、これは1929年の大恐慌の原因を分析した研究であり、「市場の失敗ではなく、不適切な金融引き締めが主要な原因だったのだ」とするものでした。

フリードマン説を引きずり出した「ヘリコプター・ベン」

 一見現実味がなくデタラメに思える「ヘリコプター・マネー」案を現実レベルで達成したのは、2006年から2014年にかけて米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたベン・バーナンキ氏です。

 プリンストン大学で経済学部教授を務めていた彼は、2002年、フリードマン氏の90歳の誕生パーティ席上で恩師への忠誠を明らかにするためか、「FRBは同じ過ちは繰り返しません」と誓い、「デフレ克服のためには、ヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言。「ヘリコプター・ベン」のあだ名と共に就任したFRBでは、サブプライムローンに端を発した世界金融危機を受けて、ゼロ金利政策や量的緩和政策を実行に移しました。

 バーナンキ氏は日本のデフレ対策としてもヘリコプター・マネーを推奨しているようですが、経済学者はそのあたりをどう見ているのでしょうか。

なぜヘリコプター・マネーは禁止されているのか

 「多くの国で、ヘリコプター・マネーは『やってはいけない』政策と考えられ、法律で禁止されています。その最大の理由は、ヘリコプター・マネーによって引き起こされるインフレが、『デフレよりも悪い』という認識があるからです」

 と10MTVオピニオンの中で話すのは、日本銀行政策委員会の審議委員を歴任し、東京大学大学院経済学研究科でマクロ経済学や金融論を教える植田和男教授です。

 日本の場合、かつて第二次大戦続行のために巨額の国債を発行し、日銀が途中から買い支えに入った時期がありました。これがインフレにつながり、戦後の物資不足と呼応して「ハイパーインフレ」現象を引き起こしています。日銀の調査によれば、1934ー1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8。8年間で物価が約300倍になったのです。

 植田教授は、戦争末期の国債とGDPの比率が約200パーセントで、現在の水準とほぼ等しいことを、「警戒信号であると指摘したい」とも語っています。

2050年の日本経済はどうなる?

 植田教授はこうも語っています。

仮にインフレ率がものすごく上がったとします。内閣や日本銀行の思惑である2パーセントではなく、10パーセント上がった場合、2020年代の半ばごろまでは、目に見えて国債とGDP比率が下がっていくでしょう。さらに、もしインフレ率が20パーセントになったら、2050年ごろまではあまり財政のことを心配しないでいいということになります。

 つまり、ヘリコプターマネーを大規模に行い、インフレ率がものすごく上がれば、財政は一応楽になるという計算もできなくはない、ということです。ただこれは、その過程で金利がインフレ率ぐらいしか上がらないという前提を置いており、もし金利が先んじて上がってしまえば、この計算は成り立たなくなるということです。

 いずれにせよ、財政が苦しいときにヘリコプターマネーを行い、非常に効率のいいインフレーションを出すというインセンティブがあるということなのです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

『江戸名所図会』で歩く東京~内藤新宿(2)「夜の街」新宿の原点

歌舞伎町を筆頭に、東京でも有数の繁華街を持つ新宿だが、その礎は江戸時代の内藤新宿にあった。遊女が働く飯盛旅籠(めしもりはたご)によって、安価に遊興できる庶民の「夜の街」として栄えた内藤新宿の様子を、『江戸名所図...
収録日:2024/02/19
追加日:2024/04/28
堀口茉純
歴史作家
2

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

民主主義の本質(1)近代民主主義とキリスト教

ロシアや中華人民共和国など、自由と民主主義を否定する権威主義国の脅威の増大。一方、日本、アメリカ、西欧など自由主義諸国における政治の劣化とポピュリズム……。いま、自由と民主主義は大きな試練の時を迎えている。このよ...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/03/26
橋爪大三郎
社会学者
3

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本のエネルギー&デジタル戦略の未来像(3)電力の部分最適と全体最適

サステナブルな電力の供給と消費が求められる現代社会。太陽光発電のように電力の生産拠点が多元化する中で、それぞれの電力需給と国全体の電力需給のバランス調整が喫緊の課題となっている。実はヨーロッパなどの「再エネ比率...
収録日:2024/02/07
追加日:2024/04/27
岡本浩
東京電力パワーグリッド株式会社取締役副社長執行役員最高技術責任者
4

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(4)サウジアラビアとイランの存在感

中東のグローバル・サウスといえば、サウジアラビアとイランである。両国ともに世界的な産油国であり、世界の政治・経済に大きな存在感を示している。ただし、石油を武器にアメリカとの関係を深めてきたのがサウジアラビアであ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/24
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授