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DATE/ 2017.08.14

「少子化」より深刻な「非婚化・晩婚化」問題

 「1.57ショック」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 1989年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子どもの推計人数)が、1966年いわゆる丙午の1.58を下回ってしまった現象のことです。

 しかし、その後の少子化傾向はとどまることなく、2017年6月の厚生労働省が発表した数値はなんと1.44。この低さもさることながら、政府が出している「希望出生率1.8」とのギャップも気になります。政府の年金や医療費等の社会保障対策の見通しは、この「1.8」の上に成り立っているふしがあり、国民の1人としては心配な限りです。

来るはずのものが来ない! 3回目のベビーブーム

 政治学者で慶應義塾大学大学院教授・曽根泰教氏は、この1.57ショックの頃には、「第三次ベビーブームの山がない」ということに気づいていたそうです。日本では、1973~74年あたりで第二次ベビーブーム、つまり、団塊ジュニア世代が結婚、出産のピークを迎えました。しかし、団塊ジュニアの子どもたちの世代には、このピーク、山が見られなかったのです。それは、結婚、出産の年齢が広く分散してしまったことが原因でした。

 曽根氏は、その後の少子化傾向の急進、さらにはそのことによる社会負担の増大を危惧して、学生たちに研究を進めるよう指導していたそうですが、しかし、肝心の政府は「非婚化・晩婚化」については、ほぼ無策でした。長期予測による出生率推計を何度も見誤っていたことに加え、3回目のベビーブームの山も来るだろうと楽観視していたようなのです。

大きな痛手は非婚化・晩婚化対策の遅れ

 しかし、第三次ベビーブームは起きませんでした。この幻に終わった現象の根本には、「非婚化・晩婚化」という、「少子化」より手前の問題が潜んでいます。しかし、政府が具体策として講じてきたのは、(十分とは言えないにせよ)男女共同参画、待機児童対策といった、既に結婚、出産、子育てを経験している人たちに対するものです。ちなみに、既に結婚している人たちが何人の子どもを生み、育てるかという点では、かなり安定的に2.0を超えた数字で推移しており、少子化に深刻な影響を与えるほどのものではありません。

 ですが、その手前の「非婚・晩婚」については、特に政策として具体的な手が打たれることがありませんでした。ようやく、少子化の原因として非婚化・晩婚化が政策に取り上げられたのは2012年、森まさこ氏が少子化対策担当大臣に任命されてからのことだったのです。「1.57ショック」から20年以上が経過していました。この対策の遅れは、生涯未婚率の急上昇にも表れており、男性の5人に1人、女性の9人に1人が未婚のまま50歳を迎えているというのが現状です。

「結婚したがらない症候群」にどう対応するか?

 ただし、こうした非婚化・晩婚化傾向に具体的に「手を打つ」といっても、これは制度や環境を整える以前の問題にかかわってくるもの。つまり、個々人の精神面にかかわる部分が大きいので、なかなか事態はややこしいわけです。

 また、特に先進国の都市部では、お金さえ払えば衣食住のほとんどのサービスを手にすることができるという事実があります。デリバリーサービスなどを利用して美味しく栄養バランスのとれた食事を味わうこともできますし、留守の間にロボットが掃除を済ませてくれたり、下着一枚から洗濯して届けてくれるサービスさえあるといいますから、夫婦、親子関係に気をつかうより気軽な独身生活を続けたい、という人が増えても無理からぬことと言えるでしょう。

 曽根氏は、政策としては今まで少子化対策としてはタブー扱いだった婚外子や移民受け入れといった問題の対策も迫られているとしており、また、それと同様に、各分野での手厚い研究が必要と指摘しています。さらに加えるならば、「結婚しない」人だけでなく、「結婚したがらない」人に対する研究、対策も急務かもしれません。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授