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DATE/ 2018.02.27

続く円安に見る日本林業再生のチャンス

 日本は世界有数の森林国。国土面積に占める森林面積は約68.2%、先進国の中でフィンランドに次ぐ第2位とは少し意外で、誇らしくなってくる数字ではありませんか。なんといっても森林は「緑の社会資本」。水質浄化や二酸化炭素の吸収など、さまざまな面で重要な役割を果たしてくれています。東京大学第28代総長で三菱総合研究所の理事長としてプラチナ構想ネットワークを牽引する小宮山宏氏も、「豊富な森林資源が日本を救う要の一つになる」と考えています。

マイナスの連鎖を「×マイナス」で断ち切る

 森林は何をするにも100年単位。息の長い仕事なので、現代のペースには合いません。また、戦後期に広葉樹を伐採して杉やヒノキを植樹したことが花粉症の増加につながったことも指摘されています。かつては「宝の山」として大きな財産だった山が、今や後継者からお荷物扱いされるようになったのは見逃せない問題です。

 外国材の輸入により国産材の価格が暴落し、採算が合わないために放置されてしまった荒廃林がいたるところに広がっているのが現状。間伐などの手入れがなされない荒廃林は、ちょっと雨が降ると土砂崩れや鉄砲水を引き起こす原因にもなっていると指摘されます。

 森林荒廃問題はまさに「マイナスの連鎖」なのですが、この連鎖は「自分は損をしないように」と抑制的に動く人の存在が原因となっています。このようなときに、思い切ってもう一つの「マイナス要因」を掛け合わせてみるのが、プラチナ構想流。森林問題に掛け合わせようと小宮山氏が考えているのは、輸入企業を直撃している「円安」です。

 円安だからと、現にあるサプライチェーンを急激に変えるわけにはいきません。森から伐採した木は、韓国や中国などの木のない国への輸出材料になります。そのとき、円安が効力を発揮します。円が120円の時代と80円の時代を比較すれば、約3分の2で相手国に売ることができ、非常に高い競争力をもてるからです。

北海道下川町で始まっている「稼げる」林業

 プラチナ社会研究会の試算では、林業が活力を取り戻すと、新たに50万人の雇用が生み出せます。その現場となるのは、たとえば北海道下川町。スキー・ジャンプでレジェンドとなり平昌五輪でも選手団旗手をつとめた葛西紀明選手の出身地で、面積は東京23区全体と同じぐらいですが、うち9割が森林、人口は3400人です。

 この森林地帯に「前向きな林業」を起こすことで、若者が集まってくると小宮山氏は考えています。すでに「環境未来都市」の剪定を受け、木材加工から木質バイオマスエネルギーへの転用まで、林業への取り組みは他と一線を画しています。さらに若者の定住化をはかるには、アメリカやカナダのような広大な土地の林業ではなく、ヨーロッパのオーストリアなどをお手本にして「稼げる」林業を目指すこと。

 オーストリアで進んでいるのは、木の情報化です。良い木・悪い木の評価をまず3段階、さらにそれぞれの中で3段階に細分化しているため、注文に応じて1週間以内に、それを切って届けることができる。効率を高めるヤマト運輸の荷物管理のようなことを、林業でも行うための実験が、今下川町で進められています。

プラチナ社会は「生活のクオリティ」を目指す

 小宮山氏はまた、地域の活力を「中小水力発電」に求めています。今はまだ普及台数が少ないために電気価格が高くなっていますが、1万基から10万基になれば、1kW10万円以下の電力として、輸出も可能になっていきます。

 プラチナ産業の定義は「生活のクオリティを上げていくこと」。水力発電は安心・安全で再生可能なエネルギーとしてインフラを担ってくれますし、林業は山の保持や維持にもなります。さらに、これらは環境やエコロジーへの配慮を通して、生物多様性の保全にもつながります。

 同時に注目しているのが、「安全・安心な食」の開発と確保。日本の魅力ある食材は十分な国際競争力を持っています。最先端の科学と技術を動員して、日本の大地が日本の活力をよみがえらせてくれる時代に、期待を寄せたくなってきます。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
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松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授