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DATE/ 2024.01.18

海外でも大人気「日本刀」の歴史とは?

 近年、日本刀は国内でも海外でもブームを呼んでいます。英語圏では“Samurai Sword(サムライソード)”と呼ばれる日本刀、その魅力と歴史について、現代に鎌倉刀をよみがえらせた刀匠、松田次泰氏のお話を聞いてみました。

日本刀は日本が生んだ日本の美術品

 現在、国宝1108件のなかで約120点と圧倒的多数を占めるのが日本刀で、松田氏が最初に「日本刀っていいな」と思ったのは、東京国立博物館の展示を観たときだったといいます。

 当時の松田氏は、北海道の大学で油絵を専攻する美術青年。さらに本格的に絵を学んで、ゴッホやセザンヌなど印象派の絵画をいつでも見られるような海外での生活を夢見、東京芸大の入試に臨んだのです。しかし、夢を実現するには個人で留学するしか道がありません。松田氏は、100パーセント日本が生んだ美術品である日本刀の道を選ぶことにし、昭和49年に刀匠高橋次平師に弟子入りします。

 もともと武器として生まれた日本刀ですが、武将たちが戦場で刀の美を見て心を研ぎ澄まし、刀工たちは和鉄の性質を使いこなしてより優れた刀を打ち、複雑な刃文の抽象美を味わうことが日本刀を美術品として育ててきました。「守り刀」として大切にされた名刀ほど、保存状態も損なわれていないといいます。

「日本刀はすべからく鎌倉に帰るべし」とは

 最も強く、美しい武器である日本刀は、平安時代末期に原型が生まれ、鎌倉期に機能性と美術性を兼ね備えたピークを迎えます。江戸期以降、無数の刀鍛冶が挑みながらも叶わなかったのが「鎌倉刀の再現」。それを成し遂げたのが松田次泰氏です。

 歴史をひもとくと「日本刀はすべからく鎌倉に帰るべし」とは、江戸後期の刀工・水心子正秀の言葉。彼が生きた18世紀後半、すでに鎌倉時代の刀づくりの技術は途絶えていたのです。

 松田氏が刀鍛冶になりたての頃は、鎌倉刀を目標とした勉強会で、国宝や重要文化財クラスの名刀を手にとる機会に恵まれていました。刀鍛冶なら誰でも思うように「これを作りたい」と研究に明け暮れてきたのが、松田氏の40年間の日々でした。

 文化庁から許されている年間24振りの作刀にいそしむかたわら、古書を読んでは素材や工法を模索。旧川崎製鉄の技術者を通じて洋鉄と和鉄の違いを知ってからは玉鋼をつくる「たたら」の復興に力が入るようになりました。化学式だけでなく、製法の違いが、和鉄の決め手になるからです。

「鎌倉刀」を再現した刀匠ならではのジレンマ

 平成8年、鑑定家たちから「鎌倉時代のもの」と折り紙をつけられる刀ができました。しかし、現代の刀匠が鎌倉刀と同じものを量産できることになると、これまで「芸術品」として崇められてきた名刀の希少価値が下がってしまいます。夢をかなえた松田氏の一つのジレンマです。

 また、現代刀と鎌倉刀の雲泥の差は、ちょっと詳しい人ならすぐにわかると言います。そのことが、現代刀を「売れない」運命に押しやっています。市場価値がなければ駆逐されていくのが資本主義の原則。しかし、作刀を続けていなければ、技術は上がりません。生涯の研究成果でもある自分の技術をどう継承すればいいのか。松田氏にとってだけでなく、日本刀の歴史そのものにとって、ゆゆしい問題です。

 海外の日本刀ブームは、「居合」人気に支えられています。剣道は竹刀を使いますが、居合道は抜刀術が基本なので、初心者であっても居合刀を使えるのが魅力のようです。このような居合刀に中国・韓国のものが多く流通し、日本刀の価値を下げていることも、松田氏には聞き捨てならない事態です。

 長い歴史のなか、重要な輸出品とされてきた日本刀。「美しく、強く、高性能」なことで珍重されてきた日本刀をきちんとつくり、きちんと流通させ、次の世代につないでいくことは、日本文化やものづくり精神への見直しにもつながるのではないでしょうか。

<参考文献>
『名刀に挑む 日本刀を知れば日本の美がわかる』(松田次泰著、PHP新書)
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授