社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.09.30

人類の進化の歴史と科学技術の発展

人類の進化に影響する環境要素

 地球と人類の歴史の長さをたとえる時、時計を用いて「人類は最後のほんの一秒で地球上に現われた超新参者」という表現が使われます。チンパンジーから分岐して道具を使い文明を持つ人類が誕生したのが約600万年前。その人類進化史のなかで科学と技術が結びつき新たな道具や方法が生みだされた産業革命はほんの100~150年前のことです。ですから、人類はまばたき一つの何十分の一といったごく短い時間で、信じられないようなスピードで進化をしてきたのだと言えるでしょう。

 総合研究大学院大学長であり、長年、進化生物学の研究に携わってきた長谷川眞理子氏は、ヒトの進化の鍵を握る人類共通の環境要素として5項目を挙げます。

 それは「高栄養・高エネルギーの獲得困難な食物に特化したこと」「食料獲得その他に対して、いろいろな技術を使用したこと」「集団内で協力をしながら生きてきたこと」「両親や血縁だけでなく、非血縁のいろいろな人が協力して子育てをしたこと」そして「言語などによって非常に高度な知識を共有して伝達してきたこと」です。

 このような共通する環境要素のもと、科学技術文明の発展とともに人類は進化してきました。

人類の進化と科学文明の歴史

 科学文明の大本は古代ギリシャにあると言われています。世界を客観的・総体的・普遍的・合理的に説明しようとする知の営みが繰り広げられ、多くの哲学者や思想家、歴史家、文学者等による一大文明が形成されました。

 しかし、こうした思索、思弁に加えて、普遍的な説明体系が構築されたのは17世紀以降のヨーロッパにおける近代科学の発祥を待たなければなりません。科学的考え方そのものは、古代ギリシャに端を発します。問題解決のために議論を繰り返し、説明に裏打ちされた仮説を提出する。さらに改訂をどんどん加えて取り入れていく。こうした議論をもって得た結論は、「神のお告げによるものだから」という権威で無条件に受け入れるものではなく、また一人の思想家が「こう思う」と結論づけるものでもありません。みなで議論したことによる「集合知」として獲得、蓄積されていったのです。

 さらに、このような集合知にいたるプロセスを基盤に、17世紀ヨーロッパでは実験や観察を行うことで、近代科学としての文明のあり方を確立していきました。

近代科学の基礎確立に貢献した帰納法と演繹法

 長谷川氏は、17世紀ヨーロッパの近代科学の柱となった人物として、二人の哲学者を挙げます。一人はイギリスのフランスシス・ベーコン。もう一人はフランスのルネ・デカルトです。ベーコンは観察なくして思弁だけでは真実に到達できないと考えました。そこで、複数の具体的な事実を観察し、その中からある傾向を抽出して経験的な法則を見出す帰納法を編みだしました。一方、デカルトは一般的かつ普遍的事実を前提として、そこから結論を導きだすという論理的展開を行う演繹法を提唱しました。

 こうして観察や実験によって、客観的に現象を把握し論理的に仮説を創出する、実証、反証を加えて改訂を施していくという近代科学の基礎が成立しました。これが、その後のめくるめく人類進化に大きく寄与していくこととなったのです。

ヒトの賢さを過信してはならない

 しかし、このような科学文明を享受してきたヒトの脳も万能コンピューターというわけではありません。それどころか、霊長類以前の猿の臓器としての脳みその働きが、われわれ人間の行動に重大な役割を果たしているのだ、と長谷川氏は述べ、認知心理学者で動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァール氏の著書『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか?』による問題提起に注目しています。

 人間はもっと自身の愚かさ、動物の賢さを知った上で進化の歴史を振りかえる必要があるのではないでしょうか。やがて人類が「賢さにおぼれ、自分自身が生みだした科学技術にからめとられて滅んでしまった愚かな生き物」などと他生物から烙印を押される、そんな日を迎えないためにも。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

習近平への権力集中…習近平思想と中国の夢と強国強軍

習近平への権力集中…習近平思想と中国の夢と強国強軍

習近平―その政治の「核心」とは何か?(1)習近平政権の特徴

国際社会における中国の動きに注目が集まっている。新冷戦ともいわれる米中摩擦が激化する中、2021年7月に中国共産党は創立100周年を迎えた。毛沢東以来、初めて「思想」という言葉を党規約に盛り込んだ習近平。彼が唱える「中...
収録日:2021/07/07
追加日:2021/09/07
小原雅博
東京大学名誉教授
2

ネット古書店で便利に買える時代…「歴史探索」の意義とは

ネット古書店で便利に買える時代…「歴史探索」の意義とは

歴史の探り方、活かし方(3)古書店巡りからネット書店へ

古本のインターネット書店が充実し、史料探しはずいぶん楽になった現在だが、地方にある書店の地元出版コーナーも見逃せない。新書などの文献目録を参考にするという手もあると中村氏は言う。ではそうして歴史を調べ、たどって...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/21
3

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か

アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
4

密教の世界観は全宇宙を分割せずに「つないでいく」

密教の世界観は全宇宙を分割せずに「つないでいく」

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(4)全てをつなぐ密教の世界観

岡本浩氏、長谷川敏彦氏の話を受けて、今回から鎌田氏による講義となる。まず指摘するのは、空海が説く『弁顕密二教論』の考え方である。この著書で空海は、仏教の顕教は「中論」「唯識論」「空観」など世界を分割して見ていく...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/20
5

浸透工作…台湾でスパイ裁判が約70件、それも氷山の一角

浸透工作…台湾でスパイ裁判が約70件、それも氷山の一角

習近平中国の真実…米中関係・台湾問題(5)恐るべき台湾への「浸透」

日本では「台湾有事」における日本への影響を口にする人が多いが、事態はより複雑である。中国の浸透により台湾は分断を深め、内側から崩壊しようとしている。浸透しているのは軍や政府内部の大量のスパイ、反社会組織を通じた...
収録日:2025/07/01
追加日:2025/10/15
垂秀夫
元日本国駐中華人民共和国特命全権大使